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2008年8月

孫がまごしてなんとやら~8/29

一日中顔を見ていても、全然飽きない!そう、それは、静流(しずる)ちゃん。私の大切な孫の、名前だ。なんか、ズロースがずり落ちそうな名前(失礼)なんやけど、娘の旦那さんが、名づけた名前なのだから、そう、名付けた。

孫が生まれると、人生がこんなにばら色に薫るものなのだろうか?彼女の顔は、天使の様にかわいい!皆様すいません。ババ馬鹿で・・・・・でも、いいんです。孫って、本当にいいものですね!

私は、この子が幸せになってくれることを、心から願います。人類の科学がどんなに発達しても、こんな素晴らしい命は、創ることは出来ないものなんだ。それ程、神様って、自然って、宇宙って、とてつもなく凄いものなんですねえ。

私は、生命の神秘というよりも、神の偉大さと、畏敬の念を抱きました。そして、人間の命は、地球より重たいということを、実感しました。これからの生活は、恐らく、彼女中心に回っていくでしょうが、紙芝居の活動を常に念頭に置き、器用には、生きられないけれど、かっこ悪いおばあちゃんかもしれんけど、ひた向きで、自分に正直な生き様を孫に見てもらいたいなあと、想っております。

しんどいけれど、毎日がいきいきとしていると、実感出来る、みかんであった。

            byみかん

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みかんの戯言・・・8月28日

もう、疲れた・・・・一歩も歩けない。機械やったら、とっくの昔にこわれているかも?

こんな弱音を吐くことをお赦し下さい。このブログ打つだけでも、結構根性要るんです。朝からずっと、今日も私なりによく、働きました。自分で自分を誉めてあげたいです。自分に花丸をあげたいです。

紙芝居と云う、一筋の光明の灯をともす為、うちは、へこたれません。どんな困難や、辛いことも耐えてみせます、法善寺?うん?なんかおかしい。すみません。人間疲れると、どうにでもなれと、なげやりになるのですが、とにかく、細かいことには、こだわりません。考えると、しんどいから・・・

夜は更けゆき、みかんはのたりのたりと、つぶやきにける・・・

            byみかん

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秋はもう、そこまで・・・8月27日

朝からどんよりと曇っていて、夏の終わりを告げる涼風は、まだ吹かないが、私の心には、なんとなく、もう秋が一足早く訪れた様な気持ちになった。

と、言うのは、今日は駒川商店街の「ふくしの駅」で、ボランティア仲間の方の指導で、手袋人形を作っていたのだ。私は、用事を済ませて、もう、終わりかけという時に、顔出しさせて戴いた。紙芝居の常連のお客様の女の子に、「今頃来ても、もう遅いで。」と言われて、「そうか、もう遅かったんか。ごめん、ごめん。」と言いながら椅子にどっかりと腰を降ろすと、私の傍で、一人の男の子が、おぼつかない手つきで、一生懸命軍手に、お花形のフエルトを縫い付けていた。

そして、やっぱりその子の持っていた針が、私の手に回って来た。私も、自慢じゃないが、手先不器用さは、母親譲りで、みんながおかたずけをしているのに、目もくれず、一心不乱に、針を持って糸と格闘した。糸が、針から抜けてしまい、もう一度、糸を通すのだが、悲しいかな、これがなかなか通らない。「ああ、歳はとりたくないものだ・・・」と、嘆いている暇もなく、遂に、五本の指にフエルトを縫い付けた!

久しぶりに、何も雑念を考えず、無心になって手芸をしていると、なんだかとても心が落ち着く。そう言えば、最近、編み物もとんと、ご無沙汰やなあ。たいしたものは、編めないけど、ぼつぼつ、生まれた孫に、何か編んであげようか?そう、言えば私、手芸屋さんの会員カード持ってたわ!

秋は、もう、其処まできているのか、その日の夜、愛犬と散歩に出かけると、もう、虫の声が聞こえて来た。季節の変わるのは、早いなあ・・・せやけど、あせらんと、ぼちぼち行こか?「えっ?まだ、おしっこ出そうやて!もう、かなんなあ。犬も年とると、まあ、好きなだけ、片足あげとき、まだ、上げれるだけたっしゃやというこっちゃ。」と、一人、とりとめもない、ひとりごつを言い言い、散歩グッズを片手に、じっと、愛犬の用をたしている傍らで、たたずむ、みかんであった。絵になるかいな!ワオーン

            byみかん

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紙芝居のルーツ 8月26日

紙芝居のその発生は、昭和の始め、当時、世界大恐慌と関東大震災に因る、大不況の為、市井に溢れた失業者の人々の、日銭を稼ぐ、当時娯楽の少ない子供達に飴や駄菓子を売る道具として、現れた。

故に、紙芝居は日本で生まれた文化である。だが、いきなり今の形式の様な紙芝居が出来たわけではない。この現代のような形式の街頭紙芝居が生まれる以前には、「のぞきからくり」や、「写し絵」等の寄席芸を経て、「立ち絵」と言われる、今のぺープサートのような形式になり、そして、最も簡便な形式として、今の紙芝居が、「立ち絵」に対して「平絵」と言われるものが、登場したのである

従って、紙芝居の歴史はまだ浅く、その研究も、まだまだ未開の処がたくさん在り、其処が私の好奇心を呼び覚ますのかもしれないのだが、今は、いろいろな場所で、出来るだけ多くの方々に、紙芝居を観て戴き、また、その実演の結果を自分で振り返り、もっと深めていくことを旨とすると共に、紙芝居の歴史を学ぶことで、この平成の現代社会で紙芝居を演じる、歴史的意義を考え、淘汰し、また、あまた在る紙芝居の中から、どの様な作品をどの様な方々に、どの様な場所で演じていくことが、最も良いのかを、冷や汗をかき、恥をかきかき、何時も考えることと、行動することをモットーに、青空みかんは、紙芝居道を今日も、邁進していきたいと想うのである。

拙い紙芝居では、ございますが、日本人が産んだ、素晴らしい文化である紙芝居をこれからも、出来るだけ多くの子供さんはもとより、大人の方々に紙芝居の世界を実感して戴けたら、幸いです。次回のみかんの口演は、8月31日(日)大阪市立城北市民学習センターで行なわれる、「いきいきフォーラム」のオープニングで、実演させて戴く運びとなります。時間は、午後1時10分~1時30分です。「いきいきフォーラム」は4時半迄です。

また、少し先ですが、10月12日(日)に、難波のOCATの4階にあります、大阪市立難波市民学習センターにて、東京の紙芝居文化の会の講師、田中和子さんをお招きして、「THE紙芝居」の公開講座を午後1時30分~4時30分迄行います。この講座では、紙芝居の作品を出来るだけ多く観て戴きながら、紙芝居の演じ方を皆さん一緒に、学んでいきたいと想っております。

いずれのお問い合わせも、06-6621-2467(TEL,FAX)山口迄お願い申し上げます。夏の疲れがそろそろ、現れて来る季節となりましたが、どうか、お身体を労わって、元気にお過ごしくださいませ。紙芝居のルーツの蘊蓄から、宣伝になり、誠に失礼をばいたしました。ありがとうございます!

             byみかん

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初孫誕生!   8月24日

8月24日午前0時49分、私の初孫が生まれた。3640gの元気な女の子だ。出産に立ち合わせて戴いた。自分のお産の時は、痛くて苦しくて、無我夢中で何がなんだか分からなかったけれど、娘の分娩の時は、破水していたので、とにかく、「元気な赤ちゃんが無事に生まれますように・・・・」と,そのことばかり考えて、分娩室で祈っていた。

お蔭様で、予定日よりも一週間も早く生まれたのに、髪の毛のふさふさした、大きな赤ちゃんを授かることが出来、生まれた瞬間は、もう涙が溢れてとまらなかった。

この子が幸せになってくれる為なら、私はどんな苦労も厭わないと、思った。娘は、初産で、大きな赤ちゃんだったので、少し出血が多くて、辛そうだったのが気掛かりだが、お祖母ちゃんは、貴女方の為に、これからも顔晴るぞ!「あれ?おばあちやんて、呼ばさなかったんて、言うてたんとちがうのん?」

可愛い初孫の顔をいざ見てみると、「おばあちゃん」て、彼女なら言われていいかも?なんて、自分勝手な考えをしながら、赤ちゃんの顔って、いくら見ていても飽きないな。特に自分の孫だと、なお更だ。

母子が、我が家に帰って来たら、暫くは大変だけれど、「ま、なんとかなるわ!」と、相変わらず、ええ加減で、楽天的な考えで、孫の顔が、ずっと見れる幸せが、背中を押してくれると実感出来る、みかんであった。

                byみかん

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「でんでんむし?」 8月22日

今日程、私は、おもしろ恥ずかしい思いをしたことはなかった。

それは、勤務先の塾で、先日私が小学生の女の子にあげた、いろいろな花丸が描いてある紙で、調子に乗って、一つ一つの絵を見ながら、だじゃれを言っていたのだ。私も言いたくはなかったのだが、その女の子が、目を輝かせて、「先生これは?」と、たこの絵を指して、尋ねるので、「それは、やったこね。」「先生これは」「それは、かにやから、かんにー」

そして、遂に悪夢の、その時がやって来た。かたつむりの絵を指して、「先生これは?」私は、全くなんの意図もなく、「それは、でんでんむし!、ぜんぜん無視するから、でんでんむしや!」 と、教室中に大きく響く声で、思わず叫んだ。すると、なんと、その私の馬鹿げただじゃれが、その場に居た、他の講師の先生や、電話をしていた、教室長の先生の耳にまで入り、教室中の人が、大爆笑になった。

嗚呼、こんな下手くそなだじゃれ言うて、恥ずかしい・・・・これで、もう、私のキャラクターは、決まってしまった。そう、下手なだじゃれを言う先生なんて、でんでんむしやねえ。

せめてもの救いは、その女の子が、凄く喜んでくれて、後の描いてある絵に全部だじゃれを考えて、帰る時に私に、「先生、あげる!」と、私にくれた。「高校受験のお姉ちゃん達も巻き込んで、自習や言うて、こんなだじゃれを一生懸命考えてたんか・・・・」

またこれで、スパルタの先生のお目玉くらって、英語の単語、百回書かされることであろう。可愛そうに・・・・

私のアホなだじゃれの失敗の巻であった。ちゃんちゃん。

             byみかん

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みかんの予定  8月20日

いつも青空みかんのブログを御覧戴き、誠にありがとうございます。大変遅くなりましたが、8月の後半の活動予定をお知らせさせて戴きます。宜しくお願い申し上げます。

                    

8/23(土)      池内東公園の地蔵盆祀り (河内天美駅下車)

            17時20分~17時40分

8/24(日)      全興寺さん街頭紙芝居(大阪市平野区)

            午後3時~

8/27(水)      河内松原福祉委員会サロン 松原市総合福祉会館)

            午後13時~14時

8/28(木)      大阪市立東住吉会館 (東住吉警察裏)

            午後4時15分~4時45分

8/30(土)      土佐堀公園 (地下鉄肥後橋下車)  

            午後17時~18時

8/31(日)      大阪市立城北市民学習センター講堂

            「いきいきフォーラム」午後1時10分~4時

     

以上でございます。尚、詳しい詳細をお知りになりたい方は、06-6621-2467(山口)迄お願い致します。

まだまだ、暑い日が続きますが、皆様のご健康を心より願いつつ、今月も精一杯、活動に励ませて戴きたいと存じます。どうか、宜しくお願いも申しあげます。ありがとうございます。

             byみかん

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電車の中で爪を切る?8月18日

最近の日本人は、マナーが失われてきたと、よく言われるようになって久しいが、私も、信じられない場面に遭遇した。と、いうのは、今日、地下鉄に乗って、座席に座っていると、隣の席で急に、「パチン、パチン!」と言う音がする。

私は、何気なくその音の方を見てみると、なんと、一人の男性が、私の隣の座席で、何も下に敷かないで、自分の手の爪を、爪切りでつんでいるではないか?私はあまりの、衝撃に、その方の顔を見ることも出来なくて、いくつ位の年齢なのか、どんな風体なのか、全く確認することは出来ず、ただただ、その人の両手と、確かにつまれているでのであろう、金属製の爪きりの姿しか、確認できなかった。

私はその時感じたことは、その爪を切っている人に対する怒りや、デリカシーの無さを呆れると云う感情よりも、その人の爪が、隣に座っている私の横でつまれていると云う、激しい嫌悪感と、不潔な気分に襲われた。

そして、「嗚呼、遂に日本人も地におちたか・・・・」という、情けなさが身に染みてきた。よく、電車のなかで食べ物を飲食していたり、女性がお化粧をしていると、お行儀が悪い見本の様に、物議を醸されるのだが、電車の中で、人目もはばからず、堂々と、爪切りで爪を切られたひにゃあ、いい加減にしろと、文句の一つも言いたくなって来る。

一体全体、この日本人の節操の無さと言うか、節度の欠如と言うか、公衆の面前でも、なんでも別になんでもやってのけると言う、この無秩序な行動は、何故起こってしまうのであろう?地下鉄の階段に散乱する、おにぎりやジュースの食べ残しや、飲み残し。電車の中で携帯電話を片時も手から離さず、一心不乱にメールや、ひどい人はゲームに興じている若者達。白昼の路上のど真ん中で、通行人が行き交うその場所を集団で腰をおろして談笑する若者達等など・・・・

これらの、他人が見ていようが、見まいが全く関係なく、自分達さえ良ければ、何をしても構わないという、この言動は、日本人のモラルの低下と言うよりも、モラルの皆無に程近い。こんなことを言う私自身が、歳をとってしまったからなのか、それは定かではないが、少なくとも、20年近く前、平成の時代以前は、もう少し、公衆の面前と面後?という認識が在ったような気がする。

これも、やはり携帯電話の普及による産物なのではないだろうか?公衆電話なのどでは、少なくとも、各々のプライバシーというものの、分別が為されていた様に思う。それが、携帯電話の出現によって、そのような認識が欠落されてきたのではないだろうか?

勿論、各言う私も、携帯電話を持つ身であり、携帯電話の便利さに甘んじている人間の一人であることは、否めない。だが、昨今の、この携帯電話の出現との因果関係を論じることを憚ったとしても、あまりにも目にあまる、人々のモラルの無さには、さすがに、ええ加減な性格の私でも、閉口する時代になって来たことを危惧する、今日この頃なのである。

現代社会は、自分家で、爪をつむ時間も無い程、忙しい時代になったということだとは思えない、みかんであった。「ああ、ほんまに気色わるかったわぁ!」

                byみかん

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宿題は、お早めに!8月15日

夏休みも残すところ、後、2週間余りとなった。良い子の皆さんは、宿題は、はかどっていますか?かく言う私も、おしりに火がつかないと、突っ走れない性分で、たった今、明日から京都で合宿に行く為の宿題を、FAXで送った所だ。

まだ、間に合う、まだ、間に合うと思うているうちに、時が過ぎて行く。人間は、みんな時間だけは、平等に一日24時間与えられているのだから、もうちょっと、上手に時間を使ったらいいと思うのだが、どうも、元来、ノー天気な性分というか、無精者と言うのか、ぎりぎりになるまで、出来なくて人様に迷惑をかけていると、反省している。

良い子の皆さん、時間は待ってくれません。8月31日は、確実にやって来るのです。だから、私みたいに、「なんとかなるさ!」と、楽観的に考えることも大事ですが、時と場合があることを、忘れずに、どうか毎日、少しずつでもコツコツと、宿題を済ませていきましょう。

特にやっかいなのが、自由研究と、読書感想文ですね。これは、一日や二日で出来るものではないと、自分の苦い経験上、申し上げておきます。良い子の皆さんの宿題が、お父さん、お母さんの宿題にならないように、気をつけてくださいね。「備えあれば、憂いなし。」

               byみかん

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みかんのオリンピック評論8/14

まだ始まって間もない、北京オリンピックを観て、感じたことを述べさせて戴きたい。

まず、柔道に関して、こちらは、お家芸だけあって、さすがに金メダルの宝庫となっている。だが、今日の男子100kg級の鈴木選手の試合を観て、感じたことは、少し厳しいかもしれないが、一回戦では、対戦相手を少しなめていたきらいがする。何故かと云われたら、一本負けした時の彼は、信じられないというような、空ろな目をしていたからだ。試合が始まった時から、彼の腰は引けていて、相手を負かす機会を窺っていたように思う。それが、あっと言う間に、両足をすくわれてしまったのには、やはり、彼に隙があったからであろう。

敗者復活戦の時も、もう、気持ちが空回りして、勝つことばかり考えているように思われた。その、気持ちが相手の若い選手にもよめるほど、彼は心が、勝ちに執着していて、その気持ちだけで、勝負に挑めば、結果は必ず決まっている。一本負けである

柔道の触りも知らない私は、かなり生意気なことを言わせて戴き、鈴木選手には、大変失礼の段、お許し戴きたい。このことで、何が言いたかったかと言うと、彼が試合に負けた後の、インタビューで言っていた言葉が、「ああ、やっぱりそうだ!」と感じたからだ。それは、彼がなんと言ったかというと、別に悪いことではないのだが、「自分はもう、出来ている」と慢心していた言葉を口からもらしたのだ。

私も、これは自分で、常に気をつけなければいけないと、思っていることなのだが、「これで良しと、想う気持ちが、足元をすくわれる」のだと、何時も、私のボランティアの師匠である、大河萬子次(ましじ)先生に教えられている、お言葉がある。

それは、宮本武蔵の「千回の練をし、万回の段を常とせん。」という言葉である。人間死ぬまで、勉強しなければいけない。自分に自信をもつことは、勿論大切なことである。だが、それ以上に、どんな境遇に遭っても、練習で培った能力を発揮できる、平常心とでもいうか、「無」の心になることが、とても大切なのではないかと想う。これは、とても難しいことで、私も、物凄くプレッシャーに弱い人間だから、紙芝居を実演させて戴く時、常に、自分に言い聞かせていることは、「一人の人の前でも、千人の人の前でも、同じ心で、精一杯演じさせて戴くように努めよう!」と言うことだ。

ええかっこしいな、言い方かもしれないが、そう、在りたいという、これは自分の願望であり、希望でもある。話をオリンピックに戻すが、今回の男子の体操の選手達の活躍が素晴らしいが、それは、彼らは、現代社会の日本人が忘れかけて来た何かを、取り戻しつつあるのでは、ないだろうか?

男子バレーの対中国との試合を見ても、思ったことだが、結果は敗れてしまったが、最後のセットまで試合を続けることが出来たということが、素晴らしい。水泳の北島選手は、明らかに、プレッシャーを、心地良い刺激として、オリンピックそのものを、楽しんむだけの余裕を持ち合わせている。

それぞれの、選手の悲喜交々があるが、私が言いたいことは、結果も、勿論大切ではあるが、その過程をもっと問うてみてもいいのではないかと思うのだ、オリンピックは「参加することに意義がある。」と言われる所以は、どうも、その辺にあるのだと、私は思う。

勿論、女子マラソンの野口みずき選手の様に、欠場する勇気も大切だとも、思う。柔道の鈴木選手は、まだ、心の整理が出来ていなと思うが、是非、この悔しさをバネに、もう一度、雪辱をはたしてもらえたら、私は嬉しい。大切なのは、勝つことよりも、負けた後のどう行動するかということだと、私如きの生意気に思うことを、お許し戴きたい。「顔晴れ!日本チーム鈴木キャプテン!」貴方の、笑う顔が見てみたいです。

              byみかん

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代われるものなら・・・・8月13日

世間では、お盆休みやと云うのに、我が家は、次女がお産で帰ってきて、てんてこ舞いです。「えっ?まだ、生まれてないのに、なんでそんなに、大変かて?」、そうなんです。生まれてないのに、こんなに大変なのに、生まれたら、どんなに大変かと、考えても仕方がないのですが、妊婦さんが一人、家の中に居るということだけでも、とっても気を遣う、今日この頃なのです。

おまけに、仕事はせなあかんし、紙芝居の活動もお蔭様で、ぼちぼち増えてきているので有り難いのですが、娘の代わりにはなれんけど、おんなじように、こっちまで、お腹が張ったり、便秘になってしまうような気がするんです。

それに、今のお産は、分娩室に入って付き添うようになっているんやそうで、必然的に母親の私が、お産の時に付き添って、ずっと生まれるまで、娘の陣痛と分娩に付き添うのですから、これは、娘だけのお産やのうて、母娘、二人で赤ちゃんを産むみたいな感覚ですな。まったくうちらの時は、独りぼっちで、分娩室でがんばって、結構、それが普通やと思っていたから、正直、自分のお産の時よりも大変ですねん。いや、まだ生まれてへんけど・・・・・

せやから、今週の月曜日から、我が家は戦闘状態の準備段階です。朝から、夏期講習の授業行って、昼ご飯と晩ご飯の買い物して、遅いお昼ご飯を食べたら、もう、せんたくもん取り入れたり、一服してると、夕方の塾の授業の時間になるのでおます。帰って、晩御飯たべてから、紙芝居のお稽古や、活動の準備、連絡等をしてたら、もう、私の母がいやに、我が子よりも、孫の娘の方に気を遣って、「お風呂わかそか?あっこちゃん入るやろ?」と、のたまう。そんな、ピントの外れた、有り難い母の気遣いで、仕事や活動でへとへとで疲れ、おまけに、この暑さやさかい、もう、いっぺんに疲れが、どっとコム、いや、どっと噴出して、倒れそうになってまんねん。

で、今倒れる訳にはいけないので、明日から、4日間、とにかく仕事は休みなので、OFFタイムにしようと、想っています。しかし、なんでんなあ、孫が生まれるということは、命を授かるということで、ほんまに有り難いことですけど、臨月でパンパンに張ったお腹を抱えて、辛そうにしている我が子を見ると、代われるものなら、代わってやりたいと想います。今は、無事に、元気な子が生まれることを、祈るのみです。勿論、母子ともに・・・・

                       byみかん

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遂に始まるお産合宿!8月10日

夜、臨月の次女が遂に帰って来た。勿論、スイカのようなお腹を抱えて、元気に合言葉を交わして、嬉しそうに我が家の玄関に入って来た。一通り、荷物を片付けた彼女は、

「嗚呼、明日から何しょう?」と、のたまう。私は「、そんなにうちの家は、あまないで。兎に角、お産までは、家事を手伝ってもらうよ。」と、冷ややかに言った。これも、お産であまり、大事に養生すると、お腹の中の赤ちゃんが育ち過ぎて、出産が重くなるからという、親心である。と、一応自分で自分に言い訳をした。

誰に似たのか分からんけど、ノー天気な彼女は、入院グッヅが入っているトランクから、おもむろに、団扇を引っ張り出して、「お母さん、この団扇で、陣痛の時、あおいでや!」と、のたまう。そら、おかんが、お産の時は、大阪府の郊外に在る、うらぶれた市民病院やったから、冷房の設備がなくて、陣痛でのた打ち回っている私を、母がずっと、団扇であおいでくれていたと云う話はしたけど、今は、空調のきいた涼しい部屋で、なにもかも行き届いた病院で出産するねんから、いらんやろうと、思ったが、この子は、私のお産の時のその逸話を聞いて、団扇であおいでもらうことで、初めてのお産に対する安心感を保とうとしているのだろう。

「今日の夜から家、断水やねん。シャワー浴びるわ。」とのたまい、彼女は、浴室に消えた。私は、娘と孫が休むであろう、我が家曰く、仏間の「大奥」を片付けて、二階に上がると、娘達の声がする。もう、シャワーを浴びた次女が出てきたのだ。ドアを開けると、これは驚いた、お揃えのピンクの花柄のTシャツと、短パンのジャージに身を包んだ、SサイズとLLサイズのお二人が並んで、テレビを観て、くつろいでいるではないか。「これじゃあ、まるで、クラブの合宿みたいやなあ。」と私は、つぶやき、わたし迄、なんだかワクワクした気持ちになって来た。

さあ、明日から、また戦のような、忙しい日々になるで!これを機会に、私も少しは、サイズダウンできるかな?それとも、やっぱり、食欲旺盛な妊婦の娘と、CCレモン飲みながら、暑い夏を乗り切るべく、しっかりと栄養つけとこかと、妙な処で妥協する、みかんであった。お産合宿の第一日目の、夜が更けていく。

                byみかん

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ママこそメダル!8月9日

今日からいよいよ、オリンピックの各競技が始まった。もう、私もテレビの前に釘づけ状態?特に、印象に残ったのは、男子体操の演技と、柔道の女子の48kg級の競技だ。

男子体操は、かつての「体操王国、日本」を彷彿させられる様な、各選手の演技が素晴らしかった。どんなに練習をしても、試合は魔物だ。失敗することは、当然有りえることだと思う。だが、日本の6人の選手達は、常日頃の練習の成果を充分に、発揮できたと想う。これからの、個人戦が楽しみだ。

一方、女子柔道の無敵の女王、谷亮子選手は、北京に出発する前から、「ママも金!」というスローガンで、万感の想いで今日の試合に臨んだこただと想う。だが、準決勝で、反則負けという、一番避けたかった形で敗れてしまったのだ。だが、その後の、彼女の気持ちの切り替えと、整理のしかたの速さに驚いた。

準決勝に負けてから、銅メダルを手にする、三位決定戦まで、30分しかなかったそうだ。だのに、彼女は最後には堂々と表彰台の上に立ち、見事に輝く銅メダルを、首にかけてもらっていた。私は思った。子供を産んで、子育てをしながら、柔道を諦めないで精進し続け、オリンピックに出場するだけでも、凄いことなのに、悔しい負け方をしたにも拘わらず、へこまずに。メダルを手中に収めた、谷亮子こそ、最もメダルに相応しい選手なのだと思う。

私は、「ママも金」というよりも、「ママだからこそメダル!」と大声で、絶賛し、彼女の功績を心から称えたい。メダルの色は、関係ない。彼女の試合に対する不屈の精神と、自分の心の中の葛藤の勝利が、何物にも替えがたい素晴らしい宝物だと、私は思う。

私も、二人の娘達の母親として、必死で子育てしてきたことを思い返すと、彼女のこれからの前途は、まだまだ揚々としたものであると、信じている。そして、自分も、谷亮子さんを見習って、気持ちの整理と切り替えの上手い、生き上手な人間に、もすこしなれたらいいだろうなあと考え、明日のことは、明日考えようと、開き直るみかんであった。嗚呼、日本の母は、強し?!

             byみかん

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オリンピック開会式考 8月8日

やっと、仕事が終わり、もう、頭も身体も疲れたし、例の足の小指の痛みも限界に達していた私だった。それでも、楽しみにしていた、オリンピックの開会式の放送時間に間に合い、テレビのスイッチをいれると、そこには、この世とは思えない美しいセレモニーが繰り広げられていた。

やはり、中国だということであって、巻物や、漢字、また、凸版印刷を彩って、美しいパフォーマンスが、次々に私の目に怪しくも煌びやかに映った。それは、まさに中国の歴史と文化を駆使された、中国の国の誇りと自負の結晶だったのであろう。

オリンピックが開催される迄に、さまざまな出来事があった。餃子事件、チベット問題、地震、テロ、等等・・・・だが、それらの忌まわしい出来事が、全て払拭された訳ではないが、兎に角、平和の祭典の象徴とも言える、オリンピックが開催されたのだ。

中国で、世界中の国の選手達が、華々しく入場行進しているのを見ると、昔、共産国で、私達にとっては、ベールに隠されていた国が、今は、日本の首相でさえ、開会式に臨席することとなったことを、諸手を挙げて、心の底から喜ぶことが出来るかと言えば、疑問に思うことも、いろいろ在ると思う。

だが、今日の日の為に、死ぬほど辛い練習や努力を積み重ねてきた、出場選手達が、思いっきり、その成果を発揮出来、全ての世界中の観客の人々が、心の底から楽しめるオリンピックであって欲しいと願う。誰かがが言っていた言葉、本当の意味での「参加することに意味が在る」ということは、まずは、出場者と、観客の一体化が、オリンピックの醍醐味であると、私は思う。

華やかな開会式を観ながら、そんなことを考えたのだが、疲れていたのか、うつらうつらしていると、帰宅した娘が、まどろんでいる私の傍らで、何故か美味しそうに、アイスクリームを食べていたのが、一番心に残った。「なんで、わざわざ、人が寝ている部屋に入って来て、目の前で全部一人で食べてしまうねん?おかんも食べるか?とか、なんとかリアクションあるやろ!・・・」と、自分勝手な突っ込みを入れながら、「あれは、夢だったのかもしれないなあ・・・・」と、少し、夏の疲れが出てしまったのであろうかと、小首を傾げ、オリンピックから、アイスクリームを連想する、相変わらず、話に脈絡のない、私の思考回路を憂うみかんであった。

                byみかん

                        

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小指の骨折れちゃいlました8/7

「小指の骨、折れちゃいました!」と言っても、小指は小指でも、左足の小指・・・でも、たかが小指、されど小指、これがまた、とてつもなくいたいのだ!

昨日、仕事に行く為、そそっかしいのが取り得の私は、時間がなかったので慌てて、靴下をはいているにもかかわらず、左足の小指を、何かに思いっきりぶつけて、物凄い激痛がした。だが、時間に追われていたので、兎に角仕事先に向かった。

帰ってきて、あまりの痛さに、玄関に入るや否や、おそるおそる、左足の靴下をぬいだら、なんと、私のあのかわいい?小指ちゃんが紫色に腫れているではないか!それでも、呑気な私は、打ち身で内出血でもしているのだろうと、冷凍庫の中の蓄令剤で一晩冷やし続けた。

朝になって見てみると、なんと腫れていた小指の反対側まで、腫れてきているではありませんか?今日は、立命館大の平和展でなんとしてでも、紙芝居をさせて戴くのだという想いで、昨日から小指を治そうと、ひっしのぱっちで、努力していたさすがの私も、これはただごとではないと、近所の外科病院に駆け込んだ。

レントゲンを4枚も撮ってもろうたのに、お医者の先生様が1,2枚私の骨だけの写真を見られて、「指の先の骨にひびいってますね。まあ、私らは骨折と言っていますが・・・」と、言われ、なんと、全治3~4週間かかるのだそうだ。それも小指の先やから、ギブスをあてると、靴がはけないので、自然に治るまでどうしょうもないとのこと

災害、いや、災難は忘れた頃にやって来る。それでも、「まっ、いいか!歩けるし、入院したり、手術せなあかん訳ではないし、お風呂にも入れるし、なんとかなるわ。」と、自分で自分をなぐさめ、今日の紙芝居に行くことだけは諦めて、実行委員の事務局にお詫びの電話をした。

それから、たまっていた用事を片付けて、昼からは、久しぶりにゆっくりと、(足はすこぶる痛かったけれど)休ませて戴いた。「これは、神様が、私にくれはった夏休みかもしれないなあ。人間、たまには休めということなのであろう。」と、痛い足の小指をさすりながら、妙に納得している、みかんであった。皆様もくれぐれも怪我には、気をつけてくださいませ

             byみかん

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八月六日は父の誕生日 8/6

「あっ、忘れてた!今日はおとうちゃんの誕生日やったんや!」もう、日付が変わろうとしている時に、親不孝者の私は、はたと気が付いた。「嗚呼、なんで今頃、思い出すねん。この、罰当たり者が!」と、自分で自分を戒めた。

いくら、毎日が忙しくても、お父ちゃんの誕生日は、広島に原爆が落とされた日やからて、黙祷はするけど、お父ちゃんに会いに行く暇もないなんて、言い訳や。

でも、何時でも私は、お父ちゃんの事を思わない日はない。これも言い訳になるけど、辛いのだ。父の眼差しが、何時も私の顔をじっと、淋しそうに見つめる表情を見るのが・・・・

子供の時からずっと、私をかわいがってくれていたおとうちゃん。ぎょうさん居てる兄弟の長男で、お祖父ちゃんが、早く死んでしまって、伯父や伯母のめんどうをみて、母と一緒に、ずっと働き続けてきてくれた父。

長男やということで、ずっと、入退院を繰り返していた祖母の世話を母と一緒に、し続けていた父。

休みの日、仕事で疲れているのに、海水浴や登山、キャンプ、遊園地、いろんな処へ遊びに連れて行ってくれたなあ、お父ちゃん。お母ちゃんは、何時でも一緒に附いて来てくれたけど、仕事と家事で、しんどかったみたいで、かばさんみたいに昼寝ばっかりしていた。

そやのに、お父ちゃんは、何時も私と一緒に、たいくつせんように遊んでくれていた。

そんなに可愛がってくれた、一人娘やのに、長男の夫との結婚を許してくれた父。

考えてみると、お父ちゃんは、お祖母ちゃんや兄弟や、うちら家族を養う為に働き、私を育てる為に、その生涯を生きてきたみたいやなあ。

私の夢は、お父ちゃんに、もう一度お腹の底から、声を出して笑ってもらうこと。お盆休みには、父の入院している病院に、母と一緒に行って、お父ちゃんをドライブに連れて行ってあげたい。きれいな景色を観ながら三人揃って、写真を撮ろう!

私が言うのも憚るが、父の大きな瞳のある目は、とても澄んでいて、子供の頃から父と目を合わすと、何も悪いことも出来ないし、嘘もつけなかった。そんな真っ直ぐな心を育んでくれた父を、私は誇りに思う。

「お父ちゃん、もうすぐ、ひ孫を抱けるで!楽しみにしていてな!」私は、父の入院している病院の在る方角に向かって、心の中でそっと、つぶやいた。

             byみかん

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原爆を知らない子供達 8月5日

都の立命館大学国際平和ミュージアムで、紙芝居を演じさせて戴いた。これは、毎年行なわれている、「平和の為の京都の戦争展」の会場で、一階のロビーの片隅で、子供さん達や、大人の方々の前で、平和の為の紙芝居を観て戴いた。

私が、紙芝居を演じる準備をしていると、年配の男性が声をかけて来られ、「二度とあんな思いはしたくない。」と、おっしゃったのが、心に残る。広い会場は、一つの空間となり、私の声は、マイクを通さなくても、会場にこだまし、間近で紙芝居を観ていない方にも届いたことと想う。

小学生の団体の子供達が、やって来たので、広島の原子爆弾が落ちた時の様子を描いた、「平和のちかい」という紙芝居を演じさせていただいた。この紙芝居をする前に、子供達に、「みんなは、原子爆弾て知っている?」と聞くと、驚いたことに全員が、「知らない!」と応えた。私は、驚きの色を隠しながら、「あのね、原子爆弾は、今からちょうど、63年前の明日、8月6日に、世界で初めて広島に落とされた爆弾で、たった一発の爆弾で、何万人もの人がなくなったんよ。その3日後の長崎にも、同じように、原子爆弾が落とされたの。明日の朝、テレビで、原爆で亡くなった方達の為の式典があるから、みんなも、平和な時代がずっと続くように、祈っていてね。」

私の話を一しきり、聴いていた子供達が、「明日の何時にするの?」「なんチャンネル?」などと、真剣な眼差しで聴いてくれた。私は、本当にここで、紙芝居をさせて戴いて良かったと、満たされた気持ちで一杯になった。

平和展は、そして、平和の紙芝居は、戦争を経験した方も、経験していない若い人や子供達の為に、引き継がれていけたら、二度と原爆などという、恐ろしい爆弾を使われたり、作られることはないだろう。

同じ会場の一角に展示されている、実物大の二つの原子爆弾の模型に、そっと手で触れ、「これらの爆弾が再び落とされ、尊い人間の命を奪い、地球を滅亡させることのありませんように・・・」と、祈った。何処の国にも落とされたことのない、日本人だからこそ、原爆の恐ろしさを伝えていくことが、今、大切なのだ。歴史は繰り返されてはならない。

私は、3時からの鈴木常勝さんの、戦争中に作られた紙芝居の講座を受けて、お国の為ではなく、子供達の為の紙芝居が、ずっと創られる時代であって欲しいと、願った。

明後日も、また、私は、そこで、平和の為の紙芝居を実演させて戴きたいと、想っている。

             byみかん

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赤塚不二夫さんを悼む 8月2日 

私の大好きだった漫画、「天才バカボン」や、「おそ松くん」を描れた漫画家、赤塚不二夫さんが、お亡くなりになられた。突然の訃報だったが、私は、「ああ、遂に亡くなられたか・・」と、深い悲しみの気持ちになった。

私が子供の頃、最盛期だった赤塚さんの漫画、特に、「おそ松くん」に出て来るキャラクターの、イヤミの「シェーッ」と両手と片足を挙げた、決まりのポーズは、当時、大流行した。

そして、チビ太のおでんや、れれれのおじさん、ケムンパス、「天才バカボン」のお父さんの「これでいいのだ!」と言う決め台詞が、とても気に入って、バカボンの弟のはじめちゃんや、お母さんも、とても、印象深い。

こう考えてみると、赤塚不二夫さんは、キャラクター創りの天才だったのかもしれない。主役の存在よりも、脇をかためる、登場人物の設定が抜群におもしろかった。

もう一つ、赤塚作品で、私の大好きだったのが、「ひみつのあっこちゃん」。少女漫画で、コンパクトに魔法の呪文、「テクマクマヤコン、テクマクマヤコン、~になあれ!」と唱えると、あ~ら不思議、普通の女の子の、あっこちゃんが、なりたい人物に変身出来るのだ。本当に、夢とロマンがあって、この漫画が大好きだったから、自分の娘にも、同じ名前をつけたぐらいだ。

団塊の世代の方と、私達のように、その後に続く、昭和の真っ只中に子供時代を過ごした年代の人々は、みんなきっと、同じように、悲しくて、切なく思って、赤塚さんを偲ぶであろう。そして、赤塚不二夫さんの漫画を代表するような、ユーモアのある漫画を読んだからこそ、辛い時にでも、ギャグやだじゃれが口から飛び交い、自分で自分を笑い飛ばせるエネルギーが、培われたのだと想う。

これからの、日本の国で再び、赤塚不二夫さんのような、ユーモアのセンスを持ち合わせている漫画家が、登場すれば、少しはこの国も、住み心地が良くなるのではなかろうか?

「シェーッ!ミーや、チビ太を始め、漫画から生まれた、みんなは、永遠に不滅ザンス!」と、イヤミの口を通して、赤塚さんが、日本の子供達を応援し、きっと、天国で見守ってくださっているだろう。どうぞ、やすらかにお眠り下さい。                  哀悼

               byみかん

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みかんの8月の予定 8月1日

毎日暑い日が続きますが、皆様、如何お過ごしでしょうか?いつも、青空みかんのブログを覗いて下さる皆様方へ、暑中お見舞い申し上げます。今月も、暑さに負けず、ぼちぼち、紙芝居を皆様方へお届け出来れば、幸いでございます。宜しくお願い申し上げます。

                       記

8/5(火)7(木)     立命館大学国際平和ミュージアム・中野記念ホール 

8/9(土)         大阪市立榎本小学校 親子紙芝居教室 (午前中)

8/10(日)         紙芝居大好きの会定例会     午後1時~4時

8/11(月)        デイサービス 「わたの花」さん   午後2時半~3時

8/13(水)        有馬整形外科「ゆうがデイケア」さん   午後2時~2時45分

以上、8月前半の予定で、ございます。尚、今月の紙芝居教室は、勝手ながらお休みをさせて戴きたいと、思います。9月から、再び同じ場所、すずき住建さんの田辺スタジオにて、更なる紙芝居の演じ方を中心に、皆様と楽しく学んで参りたいと想います。

勿論、新しく、紙芝居を始めようと想われる方も、どうぞ、お気軽に参加して下さい。紙芝居は観るも楽し、演じるも、更に喜びを実感出来ることと思います。

教室の9月スタートは、8日(土)午後2時~4時迄です。宜しくお願い申し上げます。

これら、全ての予定のお問い合わせは、06-6621-2467(FAXも)山口迄、お願い致します。

私事で、申し訳ございませんが、今月は娘もお産で、帰って参りますが、少しでも皆様に紙芝居の持つ、共感の喜びを分かち合えたら、幸甚でございます。子供さん達は元より、全ての方々に、生きる希望を、不肖私、青空みかんの拙い紙芝居を御覧戴くことで、実感して戴けることを、切に望んでおります。 いつもいつも、誠に、ありがとうございます!

              byみかん

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乞う!大阪の女性パワー 7/31

最近、また振込み詐欺が横行し、困り果てた島根県が、以前、静岡県のCMで起用された、大阪の女性(巷では、おばちゃんと呼ばれておりまする・・・)CMを再び、製作されたということだ。

今度の詐欺で多い手口は、還付金詐欺?とでも言おうか、還付金を振り込むので、銀行の口座番号を聞き出す手口だそうだ。これには、お金に細かい、大阪のおばちゃん(こう呼ぶ失礼失礼の段、お許し下さい)も、話に乗って来ると思ったら、そうは、問屋が卸さない。

何故かと言うと、大阪のおばちゃんは、そんなに簡単に、人様に自分の大切なお金を預けている銀行の口座番号を言わない。それは、大阪のおばちゃんは、損して得を取るという、大阪商人の精神が染付いていて、とても計算高く、自分の預金と較べて、わずかな金額のお金が、いくら返ってくると言っても、教えない。

それだけ、大阪のおばちゃんは、計算高い、否、賢いのだ。恐らく日本で一番、したたかだが、勘が良く、しかもパワーがあるのが、大阪の女性の特徴だと思う。

そして、一番その根底に在るものは、ええかっこしようとしないで、本音で考え、行動する所だと、私は思う。

だから、わざわざ、地方の静岡県や島根県から、御呼びが掛かり、頼りにされる。それほど、大阪の女性の持つパワーは凄いのだ。しかも、大阪の女性は人情に熱く、親切で、その上、ユーモアがある。

全国の独身男性の皆様、もし、貴方が、大阪を妻として選ばれた暁には、きっと、良妻賢母の女性だと、喜ばれることと想います。但し、大阪の女性は、少々、お喋りが好きで、食べ物には、ちと、口うるさいので、それは、この、みかんを御存知のお方は、もう、お見知りおきと存じますが・・・・

大阪の女性の皆様、お気を悪くされたらごめんなさい。でも、私は大阪で生まれ育った、女として、大阪の女性の誇りを持っています。ゴミは出すけど、ほこりは持つ、それが大阪の女性の、素晴らしいところかも知れませんね。

             byみかん

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