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星新一の宇宙の法則 7月28日

星新一の、「ショートショート」の話の中に、或る男が、罪を犯した罰として、他所の星に送られる。その星は、地球にそっくりな星で、そして、彼が住んでいる家も、全く同じように在り、そして、彼の妻も子も、違わず同じように居た。そして、地球と同じ生活を送った。

なのに、彼は孤独だった。それは、唯一、其処の場所が、自分の生まれた星、地球ではないからだ。やがて、年月が過ぎ、彼は、彼と同じように地球から追いやられた男と知り合い、初めて孤独から解き放れることが出来たのだ。

今日のNHKの番組で、星新一の特集番組と、ふと、出くわし、この話がとても心に残った。「これって、今の自分に似てるなあ。」と、感じるのである。いや、今の殆どの社会の人間が、現状の生活に満足せず、何か空虚さを実感しつつ、毎日を慌ただしく、しかし不満足さを秘め、或いは、顕わにして日々の生活を送っているのではないだろうか?

星新一の「ショートショート」は、学生時代に読んだが、その時は全くもって、これらは、みんなナンセンスな、架空の話であると、その時は考えて読んでいたように記憶する。だが、それが、今、本当にそんな世の中になって来ていることが、とても恐ろしく恐い。

先に述べた物語の男が、地球と全く同じ星に送られたということで、日々の生活に満足出来なかったのは、其処が本当は、地球だったのかも知れないのに、彼が、地球ではないと信じていたからだ。つまり、当たり前の生活をしていることに、満足出来ないのは、彼が、決して悪い訳ではないのだが、今の生活がありがたいものであると、思えない所に、彼の不幸な気持ちが生じるのだ。ありがたいとは、「有り難い」もしくは「在り難い」と、漢字で表記するように、「有る」「在る」ということが、難しいということだ。

えらい、こむずかしい、国語の話になってしまい、申し訳ないのだが、何を言いたいかと言えば、私達が、今、当たり前だと思っていることが、全て、「在り難い」のだ。この小説の男は、その地球に似た、他所の星での生活全てが、地球ではないという、大前提があった為、当たり前ではない生活なので、幸福感を得られなかったのだと、私は思う。

つまり、日常生活のふつうさが、在り難いのだ。朝、起きたら目が開き、起きられる。息が出来る。歩ける。朝ご飯が食べられる。新聞が読める。テレビが映る。今日一日が、始められること。何時も通りの生活の中で、私達は、小さな喜びを見つけ、味わい、共に生活していくことが、本当の幸せなのだと思う。

こんな、えらそうなことを述べている自分も、今の生活に不満をたらたらと言うことの方が多いのに、星新一さんに気付かせてもらえた、みかんであった。きっと、今頃は、宇宙の何処かから、地球人の行く末を見守っておられるのであろう。

               byみかん

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