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必要は発明の母 7月7日

紙芝居を実演する時、私達は舞台を必ず使う。これは、映画なら、スクリーン、絵画なら額縁、演劇なら舞台と、言ったところであろうか。

さて、この舞台は、どうして使われるようになったのかと言うと、紙芝居が誕生したのが、そもそも、昭和の初め、1930年頃、関東大震災と、世界大恐慌による、失業者の増大により、失業者が日銭を稼ぐ為に、飴や駄菓子を売る為の客寄せの道具として発明されたのが、この現代の街頭紙芝居の始まりである。

こんな紙芝居の説明はおもろない。と、思われる方も、辛抱してきいとくなはれ。私の言いたいことは、紙芝居の舞台は、もともと、その「平絵」と呼ばれた紙芝居を、観客に見せる為に、必然的に立てなければならなかったので、その「平絵」を立てて見せる「箱」が、つまり、紙芝居の舞台の発生だったのである。

えっ?また、こんな話、おもしろないてまあ、そう言わんと聴いておくんなはれ。その頃から、その紙芝居を立てる箱には、引き出しがついていて、その中に、紙芝居やさんの、七つ道具が入ってたそうな。

しかし、本当に日本人というのは凄いもんでんなあ。なんにも無い所から、日銭を稼ぐ為に、こんな世界の何処にも無い、文化の礎を創ったのだから・・・・人間の知恵が編み出した、まさに紙芝居は、発明である。いや、発見と言っても過言ではない。

だが、その頃の街頭紙芝居というものは、とても文化としての価値は、全く認められず、乞食さん同様のような扱いを受けていた。この辺の街頭紙芝居の生まれた歴史は、加太こうじさんの書いた「昭和紙芝居史」(岩波新書)に詳しく著しておられるので、ご興味のある方は、図書館等で貸し出ししておりますので、御覧ください。

私は紙芝居の舞台の必要性とその歴史を述べたかったのは、人間の長い歴史の上で、いろいろな発明がなされてきたのだが、それは、本当に人々が必要に迫られて、考えたり、編み出した物であろう。

だが、現代社会ではどうだろう?生活をより便利にしたり、楽をするためにのみ、考え出されたものが、多くなって来ているのではないだろうか?なくても困らないが、なかったら不便なもの・・・・それらが今のこの現代社会に蔓延して、ややもすると、人々の心までもを蝕む結果となってきているのではないだろうか?

私も偉そうなことは言える立場ではないが、今一度、自分の身の回りに在る物が、本当に生きていく上で必要なものなのかを考えることが、ひいては、環境問題や、食料問題、人間関係の歪み等の解決策に関係がなきしにもあらずと、小難しいことを考え始め、年寄りくさくなって来た、みかんであった。嗚呼、誕生日の来るのが恐い!

           byみかん

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