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されど紙芝居 6月16日

今日は、紙芝居についての、私の思いを語らせて戴きたい。私と紙芝居の出逢いは、以前にも、このブログや、また私のホームページで述べさせて戴いている。

私は、子供さんに関わりたいと想い、図書館のボランティアを始めた頃、絵本と紙芝居との違いが、判らず、どうしてもそのことが知りたくて、ボランティアの師匠で在る、大河萬子次先生に、紙芝居文化の会の存在を教えて戴いた。そして、年に一度、東京で開かれる、紙芝居文化の会の総会の分科会で、まついのりこさんの、お話を聞いて、絵本と紙芝居の違いが、はっきりと、手に取るように理解出来、紙芝居を私は生涯学んでいきたいと心に誓ったのが、紙芝居との出逢いであった。

では、何故紙芝居をずっと学んでいきたいと想ったのか?それは、紙芝居は日本で生まれた、世界に誇る独自の文化であるとともに、紙芝居の持つ、紙芝居ならではの素晴らしい特性が、私の心を揺り動かしたのだ

紙芝居は、生身の人間が肉声で語る、作品世界をその場で観ている観客の全ての人が、共有し、また、紙芝居の作品を観ることで、演じ手と観客、また、観客同士でコミュニケーションが生まれる、素晴らしい特性を持っているのだ。

今、この時代に一番必要な、人と人との、大切な触れあいの場を設けてくれるのも、紙芝居の作品世界を通して、生まれるのであると想う。

人間同士の関係が希薄になり、実体験が無くなって来て、携帯やパソコンの世界でしか、コミュニケーションを図れない現代社会に於いて、私は、優れた作品を優れた演じ手によって、紙芝居を観ることによって、この世知辛い世の中に、一筋の光明を灯していけたら、こんな嬉しいことはないと思っている。

勿論、私ごときが、ひとりがんばった所で、どうにもならないのは、百も承知だ。だが、紙芝居の奥深さ、その凄さを知ってしまった私は、行動を起こすことをしないと、何も始まらないのだ。そして、何より、紙芝居を演じることが、本当に楽しいのだ。

今日も、或るデイサービスの施設にお邪魔し、紙芝居を実演させて戴いた。観てくだる皆さんの嬉しそうな顔、楽しんでいる表情、集中して下さることを実感できる空気、これを味わってしまったら、もう、止められない、とまらない、かっぱえびせん!いや失礼、はまってしまうのだ。

こんな人間が、一人ぐらい居ても、世の中のお邪魔にならないのであれば、私は、紙芝居を演じ続けさせて戴いて、生きていきたいと想う。

たかが、紙芝居。されど、紙芝居。紙芝居程、自分の生きてきた足跡を、等身大に写し出し、人々に感動を味わって戴けるものはないと、紙芝居を誇りに思い、次の世代に伝えていかせて戴きたいと切に願う、みかんである。

          byみかん

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