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紙芝居は、総合芸術? 6/21

紙芝居を創ると云うことは、大変なことである。まずは、ストーリーを考えるという、とてつもない想像力が必要だ。また、その考えたお話を脚本にするための、文章力が培われる。

そして、何よりも重要なのは、勿論、絵を描くことだ。この絵が、また、紙芝居としての絵を描くのに、いろいろな制約があり、しかも、人々の心に焼きつくような絵を描かないといけない。

そして、最後にその創られた紙芝居を演じることで、初めて、その作品が生かされるのだ。

こうして考えると、紙芝居を創り、演じるということは、演劇や、映画に似ている。だが、紙芝居の一番の醍醐味は、創る、創らないは別にして、たった一人で演じることだ。

演劇でも、一人芝居があるし、落語だって、一人でする。だから、紙芝居は、奥が深いのだ。

また、動かない絵を抜いて、差し込むという、この単純な動作によって、あたかも絵が動いている様に見せることも、紙芝居の大きな特色だ。

このように、紙芝居は、昭和の初めから現代まで、色々な先人達に研鑽され、大変な苦労によって出来た文化である。

紙芝居は、いつでも、どこでも、だれにでも、簡便にお届け出来る、素晴らしいミニ劇場なのだと、私は思う。そして、それを観る人々の心を震撼させ、また、みんなが一緒だという気持ちを提供し、心の底から、笑い泣くことの出来る、芸術なのだ。

今、何故紙芝居が、三度脚光を浴びつつあるのか?それは、物質的には豊かであるが、この生きにくい平成の時代に、紙芝居で、心の豊かさと、共感出来る居場所を人々は求めているからではないだろうか?

紙芝居を活動させて戴いている自分が、このような生意気なことを言わせて戴くのは、、大変憚るのだが、少なくとも、私は紙芝居の活動をさせて戴いていることに、誇りを持って、これからもずっと続けていきたいと思っている。

ありがたいことに、私は健康で、動ける。だから、この身体が自由に動く限りは、皆様に、少しでも喜んで戴き、子供さん達の明るい希望の光として、これからも、紙芝居を世界中の子供さんはもとより、全ての人々に観て戴き、生きる希望と喜びを持って戴ければ、こんな嬉しいことはない。雨あがりの虹のように、私は空を架けていきたい。

              byみかん    

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