« 不快指数100%  6月26日 | トップページ | 蝋燭の灯で紙芝居 6月29日 »

人が人を裁くということ 6/27

裁判員制度が、来年から行なわれる。この制度の内容を、つぶさにご存知の方が、どれだけおられるだろうか?仕事をしている人も、そうでない人も、みんな、否が応でも裁判に出席し、判決を下さなければならないそうだ。

これを、拒否することは、よほどの理由がなければ、できないそうで、拒否すると、罰則さえも与えられるそうだ。

もともと、裁判というもの自体、人間が人間を裁くという、ややもすれば、過ちを犯しやすい可能性のあるものである。無実の人間が有罪になることにもなりかねない。

実際、冤罪事件は、今までにも少なくはなかった。裁判員も、人間だから、過ちを犯したり、主観的な考えで、判決を下すことが、全く無いとは言えないと、私は思う。

私が、この制度のことで、一番、何が言いたいかと言うと、一般市民の人が、人を裁くという、こんな大切な制度を、私達の全く知らない所で、なんの議論も、国民の意思も問わず、決定してし、施行しようということが、あまりにも、時期尚早と言うよりも、国民の意思を無視した、制度なのではないかと思うのだが、如何なものであろう。

裁判員制度では、有罪か無罪の判決、量刑の決定、その上、死刑を下すかどうかまで、決定しなければならない。なんの、法律の知識を持たない人が、殆どだと思われる、この現状で、今一度、裁判員制度について、今からでは遅くないので、もっと議論する余地が、ひつようなのでは、ないだろうか?

同じようなことの、繰り返しになるのだが、私が、もっと問題にしたいことは、こんな大切な制度を、私達国民の全く知らない処で、決められ、殆どの人の意思を無視して、このような制度が、一方的に決められたことが、非常に問題だと思う。

これは、一制度にすぎないが、この制度が、されたら、また、もっと別の、第二、第三の国民の意思を無視した、一方的な制度が出来、最後には、民主主義の根幹から、崩壊してしまう時代が、来るのではないかという、そのことが、恐ろしい。

これって、今までの歴史で、繰り返されてきたことだと思いませんか?歴史は繰り返され、私達の未来は、どうなっていくのでしょうか? 

私達国民は、裁判員制度よりも、もっと、この国を良くする為に、やらなければならないことが、山積していると、考えるのは、私だけなのであろうか?

真の民主主義は、国民一人ひとりが、自主的にこの国の未来を、真剣に考えることから、生まれるのだと、思う。する、しないの選択の余地のない、裁判員制度 に対して、私は、何か釈然としない気持ちで一杯である

           byみかん 

|

« 不快指数100%  6月26日 | トップページ | 蝋燭の灯で紙芝居 6月29日 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。