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我が恩師の話 5月27日

今日は、私の生涯学習の恩師で在り、人生の師匠でもある、大河萬子次(ましじ)先生のお話をさせて戴こうと思う。

大河先生との出逢いは、私の担当するお話会で、子供さん達に手品を観て感動してもらいたいと想い、或る方から、生涯学習の巨匠であり、ボランティア暦がなんと、今年で60有余年になられる、凄い方を紹介して戴いたのが、大河先生とのご縁であった。

そのお話会で、私は「アンパンマン」の紙芝居をさせて戴いたのだが、その紙芝居を観られた先生が、「貴女はこの紙芝居をこれからもずっとやりなさい。」と、おっしゃってくださっった。その時の私は、絵本と紙芝居との違いが判らず悩んでいた。そこで、大河先生は、東京に「紙芝居文化の会」という会が在ることを教えて下さった。

早速、「紙芝居文化の会」の事務局に電話をしてみると、まついのりこさんの娘さんの、松井エイコさんが、電話に出られて、もうすぐ、東京で総会があると、教えてくださった。その頃の私にとって、東京は、アラスカか南極ぐらい遠い所だと感じていたので、躊躇していると、エイコさんが、「山口さんがそう思ってくださっただけで、嬉しいですよ。」と言って下さった。その言葉が、私を東京に誘った。

大河先生の話にもどるが、先生は今年の8月で、84歳になられるが、戦後間もない頃から、当時は「篤志家」と呼ばれ、大阪市の公務員のお勤めをされながら、日曜日、祝日、有給、お正月等の休みという休みを全て費やして、近畿2府4県を重い手品道具を、トランクに入れて、施設訪問をずっとされているお方だ。

その志の基は、小学校の時に教えて戴いた、日本で始めて孤児院を造られた、石井十次氏の話に深く、感銘の念を受けられ、御自分も、いつか石井先生のように、恵まれない子供さん達の為に孤児院を造りたいという、熱い想いから発している。

そして、先生は、手品の他にも色々なことを、これもお勤めをされながら、通信教育の大学等で学ばれた。そして、先生の凄い所は、手品を目の不自由な方にも披露したいと想われ、点字を習われたり、また、実際に目の不自由な方々の前で、マジックを実現されたのだ。

また、耳の不自由な方々にも、手品を楽しんで戴きたいと想われ、手話をマスターされ、手話サークルを設立されたりした。

本当に先生は、いろいろなことを生涯の学びとして、学習され続け、今でもその精神は、全く衰えを知らない。このエネルギーは、本当に驚くばかりである。

私は大河先生に、紙芝居と出逢わせて戴いたが、紙芝居のご指導は受けてはいない。だが、紙芝居を謗るわけではないが、もっと大局的な事で、人間哲学というか、先生独自が編み出された、「人間学」を私のような者に、ご指導してくださる。本当に在り難い。

大河先生を生涯の師と仰ぎ、これからも、「青空視観」という、素晴らしい名前を付けてくださった先生の名に恥じない様な、紙芝居を演じさせて戴き、皆様に喜んで戴けたら、こんなに嬉しいことはないと、先生と、奥様のことを、自分の親の様に慕っている、みかんなのである。

            byみかん

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