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2008年3月

徳島で、とくしました 3月30日

昨日、朝5時半起床、大阪駅、午前7時発の徳島行きのバスに乗り、徳島の紙芝居ボランティア「おしゃべりくまさん」のメンバーの方々に会いに行かせて戴いた。

思い起こせば、徳島には数年前、紙芝居の講座が在るというので、たった独りで紙芝居文化の会の、松井エイコさんの講座を聞きに行ったことがある。あの時は、どちらかと言うと、ネガティブな気持ちで、孤立感もあり、バスも昨日のように、込み合っていなくて、たった一人、徳島のバス停で、下ろされて、乗り継ぎのバスを待ってたことが思い起こされる。

だが、今回はまったく前回とは違い。徳島に行けば同じ紙芝居について学ぼうと志す仲間待ってくれている。こんな嬉しいことはない。私は、遠足のバスに乗る様な気分で、一番前の席にすわり、ルンルンの気分で、徳島に向かった。

徳島駅のバス停には、「歓迎青空みかんさん!」の横断幕こそなかったが、私を徳島迄呼んでくださった、「おしゃべりくまさん」の大原さんと山下さんがお迎えに来てくださっていた。お天気も良く、徳島の桜は、もう花を咲かせており、まさに絶好の紙芝居日和?であった。

その日は、10時半過ぎ頃から、お昼を挟んで、4時過ぎ頃まで紙芝居について、私の知っていることを、拙い話で申し訳なかったが、精一杯お伝えさせて戴いた。皆さん本当に、真剣に私の話を聴かれたり、質問をして下さり、改めて、自分のさせて戴こうということに、迷いはなく、むしろ、信じきることが出来、また、紙芝居の持つ素晴らしいパワーを実感させていただけた。

ほんの数時間では、とても充分に語り尽くせず、また、私の話を聴いてくださった皆様も、もっと一杯、お話したかったことがあったと思う。でも、今回徳島に行かせて戴き、本当に良かったと思います。徳島で紙芝居の新しい風が吹き、豊かな街になることを願って、徳島の街を後にした。

今回徳島へ、呼んでくださった、大原由香里様、本当にありがとうございます。これからも、これをご縁に、メンバーのみなさまと、紙芝居を通じて、良いお付き合いが出来れば幸いです。今度は、阿波踊りの時に是非、徳島にお伺いしたいです。勿論、私は観るあほうより、踊るあほうの方がいいのですが・・・・厚かましいお願いですが、宜しくお願いいたします。

徳島に行って、紙芝居の輪が広がり、本当にとくしました。ありがとうございます!

          byみかん

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みかんのつぶやき  3月28日

一体全体、この国はどうなっているのだろう?毎日の様に、親が子を殺し、子が親を殺める。少年や若者が、いっぺん人を殺してみたかったと思って、縁も所縁もない人間を平気で、ナイフで刺す。一体人間の命をどう思っているのか、私には、全く理解出来ない。

昔は、身近な人の死を見る機会がもっとあった。おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らしていたら、そういう経験もするであろう。また、私が子供の頃は、確かお葬式の時、子供達に、キャラメル等のお菓子を配っていて、よく、貰いに行ったことを覚えている。今から考えると、あれは、やはりこ子供の時に、出来るだけ死と云うものに出会うように仕向けた、昔の人の智慧であろう

一回死んだら、二度と生き返らない。人間の命は、何物にも換え難く尊いことを、今私達大人が、次代を担う子供達に一番伝えていかなければならない大切なことだと、私は想う。

算数の公式も大切だ。漢字もお覚えんとあかん。せやけど、なんの為に勉強するのかというと、生きていくことの大切さ、生き抜く力を養う為に、いろいろと自分の心で考える力を身につける為に勉強せなあかんのやと思う。また、色々な壁にぶつかった時にどうすれば良いのかを考える智慧を培うことも大切や。せやから、いろいろな年代の人に、生で接して、コミュニケーション力を得ることも大切なんや。

完全無欠の人間なんていてないし、みんな顔が違うように、全くおんなじ考えの人なんていてない。そこんとこを、しっかり理解せなあかんのとちがうんかなあ?生意気なことばかり申しまして、すんません。

明日は、徳島へ海外旅行致しますので、この辺で、みかんのぼやき、いや、つぶやきをお開きとさせてもらいます。

           byみかん

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若牛蒡を炊いた  3月27日

不思議なことに、何時も図書館で、紙芝居を一作ずつ、食い入るように借りようと吟味している時に、図書館の近くに居る、次女から携帯電話が、かかってくる。私は、必死の思いで図書館の玄関まで、飛び出して電話に出る。彼女は、まるで私の居所が判っているように、「今、病院のかえりやねん。今から家にかえろとおもてんねんけど、お母さん、今何処にいてるのん?」「ムム・・・おぬし、何故母が、近くの図書館におるのが、わかるのじゃ?しかも、車できていることも、承知のうえとは、参った。今から、病院迄、お迎えに参る。待っておれ。」

嗚呼、母は強し、されど、大切な孫を身ごもった娘には、かなわない。母は、急いで紙芝居を選んで、貸し出しを済ませ、急いで病院に吹っ飛んだ。彼女は、お米を買うので、買い物に連れて行けとのたまう。やっぱり、私の娘じゃ、抜け目がない。

しからば、今日は木曜日。そう、あの花の一割引のスーパーへ、いざ出陣!車の中で、今日の晩の献立の話になる。私は、「そうや、今年はまだ、一度も若牛蒡をたいてへん、スパーの近くの八百屋さんで、若牛蒡があったら、買っていこう。」と、心に決めた。

思いどうり、八百屋さんには、若牛蒡一束がまるで、私達に買ってもらおうと待っていたように、横たわっていた。しかも、かなりお安くなっている。有り難い。顔馴染みの、八百屋の奥さんに、サービス券もしっかりもらい、娘が、大事そうに若牛蒡を持ってくれた。

スーパーで、食材とお米を買い、私達は家路についた。今日は、若牛蒡が有るから、なんだかとても、心が豊かな気がしたのは、何故だろう?

夕方、娘と一緒に、若牛蒡の根っこの所を、一緒に包丁でこそげ、葉っぱを切り落として、いよいよ、若牛蒡を鍋に入れて、味つけをして炊く段になった。久しぶりの若牛蒡とのご対面で、ちょっと緊張したけど、最後に大御所の母に味付けと、軟らかさを見てもらい、OKをもらって、ほっとした。

ささやかだけど、私はとても心が温かい、豊かな気持ちになれた。若牛蒡の煮物が、母から私、私から娘へと受け継がれていった。これで、娘の家の食卓にも、若牛蒡の献立が追加されるであろう。

娘に、タッパーに炊きたての若牛蒡を分けて、持たせてやり、献立にゆきづまっていた娘は、大切な物を抱えるように、帰宅した。勿論、お米と一緒に、彼女を車に乗せて送り届けたのは、言うまでもないことだが・・・・娘を嫁に出すと、こうも親馬鹿になるものなのかと、自分でも厭きれる、みかんであった。

           byみかん

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狂った春   3月26日

を殺してみたかったから、ナイフで、人を刺し殺した。

刑務所に入りたかったから、人間を走る電車めがけて、駅のホームから突き落として殺した。

小学生が、卒業式で、みんなの前で「大嫌いな学校」と言ってしまったから、「死んでお詫びをします。」と言い残して、飛び降り自殺した。

春の季節の空ろぎ易いこの季節に、かくも次々と、こんな悲しいニュースが報道され、私は、なんとも大変な時代が来たものだと、嘆いている。

人間の命の尊厳は、一体何処へ行ってしまったのか?このような事件は、現代の時代の背景を投影して、起こるべくしておきてしまったのだと思っても、亡くなった方々の親兄弟、親族の方々の胸の内を思うと、本当に悔しくて堪らない。

私は何時も、一人の人間の命は地球よりも重くて尊いものだと、或る人から教わってきた。人間は必ず何時かは死ぬ。だが、その死は、人から、または、自ら、蹂躙されて失っては、決してならないものだと、信じている。

母親が命懸けで産んでくれた、大切ないのちを、この平成の時代の狂った春に、もう、これ以上、誰一人として、儀牲になってはならない。その為に、私達は、今何をすればいいのか、どういう行動をとればいいのか、神に問われているのではないのかと考えているのは、私独りだけの浅はかな考えであろうか?

          byみかん

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人間の弱さと強さ 3月24日

人間は、生まれたての赤ん坊の時、泣くことしかできない。他の動物は、数時間で立って歩くことが出来る様になると言う。

何故か?それは、人間は立って二足歩行をする動物であるからだと、私は思う。

喜、怒、哀、楽、これらの感情は、人間以外の動物にもある程度持ち合わすことが出来ると思う。しかし、「笑う」と言うことは、他の動物には、出来ないのではないだろうか?

何故か?それは、人間だけが、ユーモアを解するという概念を持ち合わせているからであろう。人間から、笑いを取れば、それは単なる他の動物となんら変わりのない次元の動物になり下がってしまう。「面白い」と思うことを感じるには、相当高度な智慧を要する。

現代人は、この「面白い」という、ユーモアを理解する心が、欠落してきているのではないだろうか?先日、私は、或る人形劇団の人形劇を観に行った。すると、其処では、子供達が、お腹を抱えて笑っていた。素晴らしい!しかも、大人も感心するほどの、物凄い突っ込みも入る。子供達の感性は、大人の想像を遥かに超える程、素晴らしいものが備わっている。

では、何故、現代の大人は、心の底から笑うことを忘れてしまったのであろうか?それは、恐らく、生の実体験が著しく乏しくなり、想像力を無くしてしまってきているからであろうと、私は思う。

テレビゲームや携帯、パソコン、等々の疑似体験の中に埋没してしまい、自然に触れたり、人と触れ合ったり、誰かと協働で何かを創り合ったり、危険なめや、恐ろしい体験に遭ったり、それどころか、他人に叱られたり、注意をされたり、ナイフで切ると赤い血が出て、痛いということさえ、知らずに成長してきてしまっているのかもしれない。

本当に辛い思いや、嬉しい気持ちになった者だけが、「面白い」と言う感情を得るのだと、私は思う。言い換えれば、人間らしい心を持った者だけが、ユーモアを理解出来るのだろう。自分を固守し、心の殻を被って、他人を思い遣る心がなければ、お腹の底から笑うことは出来ない。もし、そのような者が笑ったとしても、それは、人を嘲り、馬鹿にした嘲笑だけに過ぎないのだと思う。

人間が、人間たらしめる、唯一、今大切なことは、みんなが、「面白いなあ」「愉快だなあ」と人生を謳歌する気持ちを持つことであると思う。人形劇を観て、腹の底から笑った子供達の心をいついつまでも、持ち続けていて欲しいと願うみかんであった。

           byみかん

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嗚呼、大安休日戌の日 3/23

本日は、大安の戌の日、しかも日曜日。こんなめでたい日に娘の腹帯を授かりに、中山寺へ行く。これは、凄いことだ。朝、9時にバイクで軽やかに、娘の新居にバタバタと走り、辿り着く。チャイムを鳴らすと、もう、立派な妊婦服を身にまとった彼女が、笑顔で迎え入れてくれた。

娘の婿殿のお母様に、挨拶もそこそこに、すわ、中山寺へ!娘は乗り物に弱いからと言って、高速道路で、一目散にお寺の前の駐車場に車を停める。案の定、駐車場は殆ど満車状態だった。私達は、沿道の土産物店には、目もくれず、ひたすら山門に向かった。

此処にきたのは、何十年ぶりであろう?確か、参拝するまでに物凄く長い階段が在ったはずだが・・・・・な、なんと!エスカレーターがあるではあ~りませんか?そして、その下で、なんかピンクの薄い布で出来たバッグを、「妊婦様にお配りしていまあす!」と言って、出産関係の業者が、キャンぺーンをしていたが、私は、その「妊婦様」と云う言葉に驚いた。「そうなんや、昔の大奥みたいに、お腹に赤ちゃんを御解妊した側室みたいに、妊娠したら、様を付けて貰えるなんて、さすがは、少子化社会、大変な時代になったもんやなあ。」と、感心した。ご他聞に漏れず、家の娘も、しっかりとそのバッグを頂戴した。さすがに、私には、もらえなかった。(当たり前やけど・・・)

それにしても、なんと、その妊婦様の多いことと云ったらこの上ない。お宮参りの赤ちゃんを抱いている家族連れの方も居て、境内は人、人、人でごった返していた。如何に時代が進化しても、人間はやはり、神仏を頼みとして、特に、我が子我が孫の為ならば、7千円の有り難い腹帯を、惜しみなく授けて戴く。

私もここにお参りさせて戴いて、健やかな娘二人も授けて戴いた。本当に有り難いことである。

腹帯を受け取り、ご本尊をお参りすると、また、一目散に車に乗って、帰路についた。反対車線の、数珠繋ぎに並んだ車の列を尻目に、「ああ、初めにゆうてた時間の10時に出発せんと、早めに出てきて正解やった。」と、みんなで車の中で話し合い、初めて連れて行ってもらった、高級スーパー「イカリヤスーパー」で昼食とお買い物をして帰った。

それから、娘の婿殿のお母様と二人共同作業で、娘のお腹に、やっさもっさしながら腹帯を、「パンツのうえからやとか下に巻くのや」とか言いながら巻きつつ、わいわい申してます、お馴染み、「戌の日のてん末」の一節でした。お後が宜しいようで・・・・

         byみかん

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やすけんさんへ 

やすけんさん、コメントありがとうございます。そして、紙芝居の発表会の日は、本当に遠い所を、わざわざ駆けつけて下さって、皆さんに楽しい手品を披露して戴いてありがとうございます。お仕事と、ボランティアとの両立は大変ですが、これからもお互いに切磋琢磨して、皆様に喜んで戴ける様に、顔晴りましょうね!

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みかんの東京紙芝居修行3/20

今年もまた、性懲りもなく紙芝居文化の会の連続講座を申し込み、東京へ紙芝居の修行に行ってきました。5年前、初めてたった独りで、西も東も判らない東京へ、ただ、紙芝居のことが、知りたいと言う、その一心で勉強に行った。

だが、今回は同じ大阪から、初めて仲間の方と一緒に、新幹線に乗って行く事が出来た喜びは、とても大きい。初めの頃は、帰りは夜行バスで、大阪に帰っていたが、今はそんな元気もなく、安いビジネスホテルを予約して、東京は巣鴨に在る、童心社さんの4階に在る、紙芝居ホールで、全国から紙芝居に熱い想いを持つ、仲間の方々が一同に会する。私もご他聞に漏れず、この場所に来ると、ほっとするのだ。それは、みんな紙芝居のことが、大好きで、紙芝居の為にやって来たのだが、何も紙芝居の演じ方をもっと上手くなりたいとか、紙芝居の知識を深めたいとか、そんな単純な気持ちだけではなく、紙芝居には、何か判らないが、とてつもなく素晴らしいパワーが備わっていて、理屈ではなく、ただ、紙芝居のことについて、共に語り合い、切磋琢磨したいのだと想う。

紙芝居は、今、確かに新しい時代にさしかかっていると思う。日本で生まれた、世界の何処にもない形式の優れたコミュニケーション文化、それが紙芝居だ。大げさに言わせてもらえれば、紙芝居を生かすも殺すも、今、この時代に生きている私達の行動に関わってくるのだと思う。

時代が進化すればするほど、人々はゆっくりとしたリズム在る、単純な仕組みのものを、むしろ却って、新鮮なものとして感じるのかもしれない。まついのりこさんの、紙芝居のお話を聞かせて戴き、私はもう一度、紙芝居の原点に立ち返ることが出来たように思うのであった。

         byみかん

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ひっしのぱっち  3月19日

よく私は、「ひっしのぱっち」と言う言葉を使う。これは、言い換えれば、「死にもの狂い」とでもいうのであろうか?今日の私は、まさに「ひっしのぱっち」厭、最近の私の生活の毎日が、「ひっしのぱっち」状態なのだ。

毎日の生活を維持していく為、今日も今日とて、昨夜遅くに携帯のメールで来た、新しい職場からの依頼を受けて、夜、新金岡迄地下鉄に乗って、知らない場所で、中学生の英語を教えた。まさに「ひっしのぱっち」で、受けようと想うつもりはなかったのだが、私がつまらない冗談を開口一番に言って、その女の子達にばか受け状態になった。

授業が終わって、研修生の私の身で何故生徒達が、笑いこける程おかしかったのかと、教室長先生に不思議がられた。私は、まさか「ひっしのぱっち」でしたとは、言えなかったので、「いえ、英語の「母音」と「ボイーン」の違いを説明しました。」と、正直に申し上げた。

まったく、私はこんな始めての場所で、なんでこんなあほな冗談を言ってしまうのか?それは、さっきから述べている様に、日常生活が緊張の連続で、息を抜く暇もなく、大変なので、そんな自分を笑かして、精神のバランスを保っているのかもしれない。それもあるけど、よく中年男性が、さむ~いおやじギャグを言う気持ちに相通ずるものが在るのかもしれない。

生活には、ゆとりや時には、笑いが大切だと私は想う。特に毎日が、「ひっしのぱっち」の私にとっては、人に笑ってもらえることが、何よりも嬉しいと思うみかんであった

            byみかん

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花粉前線上昇中 3月19日

最近、よく、くしゃみがでる。目が痒い。これは、もしかして、花粉症?

昨日鍼灸院に行くと、大きなマスクをしている、女性の副医院長先生をお見かけしたので、「先生、もしかして、花粉症ですか?」と尋ねた。すると、先生はすかさず、「そうなんよ!自分でも認めたくないけれど、くしゃみは出るし、目は痒いし・・・」(私とおんなじや!)「それに鼻水が出てくるの。」(これは、ちがうなあ。でも、やっぱり先生は花粉症やわ。たいへんやなあ・・・・)

ところが、きょうは、どうも鼻がむずむしてきた。くしゃみも出るし、目もしょぼしょぼする。自分でも、認めてたくはないが、これは間違いなく花粉症だろう。

そう言えば、街に出かけると、大きなマスクをしている人達をよく見かけるようになった桜前線よりも、花粉前線の方が、ずっとやって来るのが早いし長い。

、花粉アレルギーで悩んでおられるお方、今日は雨模様なので、少しは症状は楽になると想います。お互いに花粉症対策をして、共にこの時期を乗り越えましょう!

        byみかん

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今日は一言で・・・ 3月16日

発表会が、無事終わった。「お蔭」、「感謝」と言う言葉が、山程頭の中を駆け巡る。

だけど、今日は疲れました。ごめんあさい。今日の感想を一言で

「人間の可能性は、無限大なり」・・・・・皆さんの紙芝居、素晴らしかったですよ。

大河先生と、いとこの健志君、マジックで場が和みました。ありがとう!

すんまっせん。もう、目がとろとろで、字が打てないので、お休みんさい

             byんみかん

 

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発表会前日 3月15日

いよいよ明日の日曜日、私の住まいの地域に在る、すずき住建田辺スタジオで、紙芝居入門教室の生徒さんと、私、みかんの紙芝居の発表会が有ります。

これは、全く新しい試みだと想うのですが、この場所で4月から、月に二回、第二、第四土曜日の午後2時~4時迄、紙芝居教室を開講させて戴く運びとなりました。

これもひとえに、紙芝居に対して、深い理解を示して下さった、この場所をお借りする鈴木社長さんや、事務所のスタッフの塩崎様、また、 私の拙い講座を受講し続けて下さった生徒さん達や、受付等をお手伝い下さった、紙芝居仲間の方々、そして、明日、発表会を観に来て下さる、観客の方々等など、そして、いつもおんなじ紙芝居を、大好きな「たけしのテレビタックル」の番組を観ているのに、テレビのスイッチを消して、飽きもせず?毎回、私の紙芝居の練習台になってくれている母に、全ての方々に感謝の気持ちで一杯です。

どうか、この紙芝居教室が、地域に根ざして、文化とコミュニティーの発信の場所となり、色々な世代の方々が、紙芝居を通じて、交流出来る居場所として、発展していって欲しいと願っております。

明日は午後1時半~3時迄、紙芝居の実演と、マジックの先生のあざやかな手さばきをどうぞ、お楽しみ下されば、幸いです。また、当日は、私のいとこが、同じく手品のボランテァをしていのですが、奈良から、実演に駆けつけてくれるとのことです。

場所は地下鉄谷町線、田辺駅を下車、改札を出て信号を渡らずに、右手に歯医者さんの看板が見えます。その奥に田辺温泉の看板が見えますので、それを目標に広い道路沿いの歩道を真っ直ぐ進んでください。そこから、4つ目の信号の角にガラスショーウインドウの在る、スタジオがあります。そこが、すずき住建田辺スタジオです。紙芝居教室や他の教室の看板も飾っているので、お判りになると、想います。

是非小さい子供さんも、こぞって観に来て戴けたら嬉しいです!宜しくお願いいたします。

           byみかん

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するめ人生  3月14日

私の人生、するめ人生・・・

噛めば噛むほど、味がでる

初めは、ちょっと固くて、噛みにくいが、

だんだんと、味わいが出てきて、旨くなる?

噛めば噛むほど、やめられなくなり、

とうとう、最後にゃ全部なくなる

みんなに、うまいうまいと言って、喜んでもらえたら

みんなに、おもろいおもろいと言って、笑うてもらえたら

そんで、わたしは満腹だ

わたしの人生、するめ人生

自分の味が、すこうし味わえるようになってこれたら

いいのいなあ・・・・

         byみかん 

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人身事故って何だ?3月13日

夜、新しい仕事先の説明会の帰りの地下鉄で、人身事故に出くわした。私が乗っていた電車ではなかったが、全ての沿線の電車が、ストップした。車掌さんのアナウンスで、「ただ今救出中です!申し訳ございませんが、もう暫くお待ち願います。」と言う、生々しい声が聞こえてくる度に、私の胸は締め付けられそうな、息苦しさを覚えた。

「なんとかたすかってや!」と、私は心の中で何度も叫んだ。人身事故=飛び込み自殺と言う図式とは、限らないが、もしそうだったら、その人は、生きていることが、死ぬこよりも辛かったのだろう。

今日、我が家のポストに、一枚の葉書が投函されていた。見ると、ピンク色で、大きく、「サクラ咲きました!」とかいてあるではないか?それは、私が、以前やっていた仕事の生徒で、みんなからいじめられて、とて辛くて、この世から、消えてしまいたいと、私の手元にその言葉を投げられ、その時の私は、体調を崩していて、とてもこの仕事は出来ないと、決意して、辞めたのだ。その時に、その子に「あなたが、生まれてきてくれて、ありがとう。」と言うメッセージを、代わりに引き継いでくださった方に託した。

それから、あくる年に、私はその子のことが気になって、年賀状をだした。そしたら、なんと、それからずっと、彼女と年賀状のやりとりをする様になった。昨年のお正月に、今年は高校受験なので、がんばります。と、書いてあったので、私は、彼女に何時もお世話になっている文庫の在るお寺のお守りを贈った。そしたら、受験は来年だと言うことで、彼女は私の送ったお守りを、ずっと大切に持っていてくれて、試験の本番の時も、持っていってくれて、第一希望の高校に、見事合格し、将来は大好きな英語を活かす職に就きたいという、嬉しいお知らせの便りであった。

今日偶然に、人身事故に出くわして、私の出来ることなんて、ほんのささやかなことだけで、凄く悔しいけれど、一人の少女に夢と希望を、反対に私の方が与えて戴けて、自分は本当に果報者だと、つくづく感じたみかんであった。

事故に遭われた方の無事を心から祈ります。

              byみかん

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正義の味方ミカン頭巾!3/12

この世知辛い、殺伐とした平成の時代の世を憂い、弱きを助け、強きを挫く、正義の味方・・・・・それは「ミカン頭巾」

貧しい水飲み一般庶民から、法外なジェイ金を吸い取り、地下の金庫室に密かにかくし置き、○○視察云々と言っては、カラオケに興じ、××調査と通達しては、タクシー代に充て、一般市民の血ジェイをドラキュラの様に吸い取っては、湯水の様にじゃんじゃん遣う。

「もう、我慢でけへんでえ!」と、すっくと立ち上がり、名産の田辺大根をかいもんかごに入れ、ピンクのスクーターに、よいしょと言って、またがり、オレンジ色の頭巾を被り、走り行く目的地は、言わずと知れた、あ区役所代官の居る館。

受付の門番に、笑顔で挨拶し、これでもかと言うほど、一杯お役目を区分したる、襖を一枚一枚、開けては、片手に持ちたる大根で、バッタバッタと敵をすりおろし、見事、じゃこおろしに、料理する?

これぞ、正義の味方。みかん頭巾の真骨頂、あくまでも、話し合い弾の入った銃(つつ)と、笑顔煙幕で、敵を巻き込み戦法で、街に、紙芝居もできる、でっかい舞台の在る、ホールを造る約束を取り交わし、ピンクのスクーターに、どっこいしょと乗っかって、花の一割引きのスーパーへと、ひた走り、今日も家族の為に買出しに向かうミカン頭巾なのであった!・・・完

           byみかん

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嗚呼、勘違い! 3月11日

私は、近所のスーパーの二階にある、お楽しみボックスを借りて、要らなくなった、娘の置き土産のぬいぐるみや、洋服を置かして、もらっている。そのお店の店長さんが、とてもいい方で、私の紙芝居の活動のチラシを、置かして戴いたり、ポスターを貼らせて戴いたりしている。果ては、先日のお正月に、紙芝居の実演会もお店でさせて戴いた。

そんな関係のお店なので、私は安心して信頼してい、忙しさに感けて、暫くお店に顔を出さなかった。今日は、買い物を下のスーパーで済ませた後、お昼時でお腹がすいていたので、早く家路に着きたかったが、なんとなく気になるので、二階のお楽しみボックスへ行った。

すると、私の借りているはずの、ボックスに見慣れぬ玩具等が並べられているではありませんか?私は急いでお店に入り、店員さんに文句を言ってしまった。自分でもなんでこんなに、興奮するのか判らない。最近いろいろなことが、一杯在りすぎて、疲れていたのかもしれない。別に、店員さんに当たるということではないつもりであったが、やはり、私は、納得がいかないと言って、その店員さんを責めていたようだ。

店員さんは、すぐさま店長さんに連絡をとって下さり、店長さんからの連絡を待つ間に、今度の、16日の紙芝居の発表会のポスターを張らせて戴いたり、4月から開講する、紙芝居教室のチラシを置かせてもらったりしていた。(ほんまに、自分でも厚かましい・・・)

そうこうしていると、やっと店長さんから、電話が入り、なんのことはない、私がお借りしていた、場所が洋服のハンガーの陰に隠れて、見えにくいので、わざわざ、よく見える場所に移動してくださっていたのだ。(ほんまに勘違いして、すんませんでした。)

私は心からすまないという気持ちと、また、紙芝居をしてくださいと、おっしゃってくださる、店長さんの温かいお言葉に、感謝して、すぐさま、このお店の繁栄の為に、お役に立とうと、決意した。

皆様、宜しければ、近鉄南大阪線、今川駅前スーパー「サンエー」さんの二階のお楽しみボックスで、素敵なお宝を見つけてください。勿論、みかんの紙芝居のチラシ宜しければもございますので、御覧下さいませ。

~ストレス程、人間を狂わすものはない~

             byみかん

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そんなの関係ないって?3月10日

世の中には、いろんな人が居るものだ。電車の中でメールする人、電話する人。

そんなの関係ないって?

あのね、なんで携帯を電車の中で、いじったらいけないかって知ってる?それはね、心臓にペースメーカーと云う機械を埋めている人が居て、携帯から発する電波が、とても危険で、命に関わるからですよ

世の中には、いろんな人が居るものだ。鍵のかかっていない他人の自転車を平気で、乗って、ほったらかしにする人。

そんなの関係ないって?

あのね、いくらぼろぼろの中古の自転車でも、だまって乗っていったら、それは立派な窃盗罪という犯罪なの。例えコンビにでおにぎり一個盗っても、泥棒ですよ。

世の中のは、いろんな人が居るものだ。自分の子供が、泣くのがうるさいといって、なぐったり、けったり、煙草の火を押し付けたり、果ては、命さえも奪ってしまう。

そんなの関係ないって?

あのね、例え我が子でも、尊い命を持って、この世に生まれて来た人間ですよ。暴力を奮ったら、暴行罪だし、増して命を奪ったら、殺人罪ですよ。

人間だから、過ちを犯すこともある。人間だから、自分勝手な行動をとることもある。

でもね、人間は山の奥で独りで生きているのではないから、みんなと関わり合って生きていかなければならないから、どうしたら、もう少しみんなが気持ち良く、暮らしていけるのか、もう一度みんなで考えてみませんか?

教育が悪い、社会の性だ、親の躾がなってない、昔は良かった等と、後ろ向きに考える前に、私達一人ひとりが、社会人=大人であるということを自覚して、子供達のお手本になる様な、生き方したいですね。本当に・・・・・偉そうなことを申してしまいました。

           byみかん 

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腹をくくるということ 3月9日

テレビの相撲中継を久しぶりに観ていたら、丁度、横綱の白鵬の出番の取り組みであった。彼は、不動だにせず、相手を投げ打ち、白星をあげた。彼のインタビューの言葉が、非常に印象に残っていた。それは、「自分はあれこれ、策を労ぜずとも、必ずや、相手が仕掛けて来る時を待ち、それに抗することのみを考えていた。」と言うようなことを述べていたように思う。

まさに、不動の勝利というのは、このような形を言うのであろう。人間の要素は智慧と、心と、後、腹に分類されると言う。大方の人は、この三つのうちの、前の二つに、注目するが、私は、最近、この「腹」と言う要素が、大変気になるのだ。

現代人の多くに欠けているのは、この「腹」ではなかうか?私も含めて、昔から「丹田」と、呼ばれていた、この腹の部分を、しっっかりと落ち着かせ、何が在っても動じない、気構えを持つことが出来るのが、この「腹」であると思う。

今の世の中、肉親殺しや、自殺、公金横領、不登校、等など、全く日本の未来を憂う問題が、蔓延していて、非常な危惧を覚える人が、多いと思う。そこで、今一度、本気で「腹をくくって」どっしりと構えて、大局的に世の中の現象を見て、ここぞと、云う時に本気でどれだけの人が、腹をどっしりと構え、行動を起こすことが出来るということが、必要な時代になってきたのではないかと思うのは、私だけであろうか?

         byみかん

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大型紙芝居を演ずる。3月8日

本日、住吉人権文化センターさんの「文化の祭り」ということで、立派な舞台で、久しぶりに、大型紙芝居を演じさせて戴いた。

今回は、前日にリハーサルを、しっかりとした。以前に舞台で大型をしたとき、紙芝居にライトが当たらなくて、大変悔しい思いをしたので、今回は念入りに準備したのだ。

でも、やっぱり本番を直前に控えると、心臓が口から飛び出そうに、ドキドキする。こんな立派なステージで演じさせて戴くのだから、本当にラッキーだ。一緒に出演して下さった、富田なぎさ先生、住吉人権文化センターの職員の皆様、そして、観客の方々、本当にありがとうございます。

演じさせて頂きましたる作品は、「たべられたやまんば」!そう、昔話の定番で、ありまする。この紙芝居は、昨年のお正月に、まついのりこさんから戴いたものですが、なかなか、実演させて戴く機会がなかったので、やっと、日の目をみることが出来、ほっとしています

いよいよ、本番開始。富田先生の快活な声で、「みかんさ~ん」と呼んでいただき、恥ずかしい気持ちを、ぶっちぎる様に、舞台に登場いたしました。拍子木の音はかすれへんかったけれど、口上は、あがってしまい、とちってしまった。すかさず、「すんません。ちょっと緊張してます。」と言うと、観客席が、大爆笑。「しめた!これでなんとか、観客席が和んだ。」私は、やっと平静を取り戻して、大きな舞台の扉を、心を込めて開け、実演に入った。

「観客席が、少しざわついているな。ライトがまぶしくて、お客さんの表情が見えない。こまったなあ・・・・」そんなことを思案しながら、演じていると、途中から私が言った通りの言葉が、やまびこの様に観客席から聞こえて来るではないか。しかも、それは小さな男の子の声だった。「あっ!ちゃんと聴いてくれてるんや。」私は、その声に勇気付けられて、最後まで、本当に楽しく演じ切ることができた。

紙芝居の実演が終わり、富田先生と一緒に、舞台の中央でスポットライトを浴び、終わりの口上を言って、頭を下げて一礼すると、拍手を一杯戴いた。これやから、紙芝居やめられへんねんなあ。

私は何時も、一人の人の前でも、百人の人の前でも、常に同じ気持ちと姿勢で、演じさせて戴くことを心掛けたいと想っている。まだまだ、未熟な駆け出し者であるが、どうか、長い目でみてやって下されば、幸いです。今日観に来てくださった方、本当にありがとうございます!

               byみかん

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紙芝居「一房の葡萄」 3月7日

有島武郎の書いた小説に、「一房の葡萄」と言う作品がある。この作品を紙芝居にしたものを、今日私は或る処で実演させて戴いた。この紙芝居は。小学校高学年を対象として、作られたようであるが、今日の観客の方は大人の方々ばかりであった。

この作品を演じさせて戴いて、私が思ったことは、紙芝居は、子供さん対象ではなく、優れた作品は、年代をも突き抜けた普遍的な性質を持ち合わせているのだということだ。映画でも、音楽でも、いいものは、人を感動させる。まして、紙芝居のように、コミュニケーション文化の性質を、大きく持ち合わせている様な物は、なお更そうだ。

人間の生き方を問う作品として、私は、この「一房の葡萄」の紙芝居をお奨めする。まだまだ、人間として、紙芝居の演じ手として未熟な私の心を奮い立たせてくれる、この紙芝居を出来るだけ多くの方々に観て戴くことで、自分の生き様の模様を編んでいきたいと、そして、この教育が荒廃してしまったという現代社会に、ささやかな一石を投じることが出来るなら、こんな嬉しいことはない。

             byみかん

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3月のみかんの予定

3月8日 (土) 住吉人権文化センター「文化祭り」 

13時20分~13時30分

          大型紙芝居 「たべられたやまんば」

3月9日 (日) 「紙芝居大好きオブまなび・おおさか」勉強会  

午後1時半~4時

          住吉人権文化センター 4階研修室 参加費 200円

3月16日(日) すずき住建田辺スタジオ  紙芝居教室の生徒さんの発表会

          地下鉄谷町線田辺駅徒歩南へ7分 

13時半~15時

                 プログラム

          *はなかごわっしょい

          *にじになったきつね

          *ごきげんのわるいコックさん

          *ごんぎつね

        爆笑斎明朗(ほばらか)氏のマジックショー

          *天人のはごろも

          *モチモチの木    

3月19日(水)   子育てサークルプーさんクラブのお話会 

午後2時~2時30分

          紙芝居やパネルシアター等によるお楽しみ会

          お話会の後、みんなでお茶会と交流会 参加費 200円

3月26日(水)   田辺会館親子サロン    

午前11時20分~40分 

3月27日(木) 「マザーズドリーム」さんの紙芝居のお話会  

午後4時~4時30分 

尚、今月の全興寺さんの、街頭紙芝居は、都合により休ませて戴きます。但し、街頭紙芝居は、いつもどうり、第4日曜日の2時と3時にあります。

全てのお問い合わせ先は  TEL・FAX 06-6621-2467 迄お願いします

          

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学校へ行きたい! 3月3日

今日はひな祭り。子供の頃は、七段飾りのお雛様が欲しくて欲しくて、たまらなかった。でも、とてもそんなことは、父母には言えず、近所の女の子の家のお雛様を母と一緒に、見せてもらいに行った。

大人になって、結婚して女の子が生まれて、私の両親が立派な雛飾りを買ってくれた。本当に有り難い。だが、そのお雛様も今年は飾ることもなく、押入れにしまっている。人間の欲望とは、ある程度満たされると、それに執着しなくなるのか?はたまた、私がずぼらだからだろう。おそらく・・・・

テレビをつけると、フィリピンの小学6年生の女の子が、お金を無くしてしまって、学校へ行けなくなることを悲観して、自らの命を断ったということを、番組で伝えていた。私達は、なんと恵まれ過ぎていて、学校へ行くことが出来るのが当たり前の様におもっていた。

お雛様を買ってもらえないで、死ぬ子はいないが、学校へ行けないと思って、亡くなる子が居る。この悲しい現実を私達は、どう捉えたらいいのだろうか?日本では、学校へ行くことの保証はあるが、行くことが出来ない子供達が沢山居る。

彼ら彼女達は、何も悪くはない。行けない学校が何故出来てしまったのかを考えることの方が大切だと、私は思う。問題が重くなってしまったが、この春から希望を胸に、校門をくぐる、新しい児童や生徒が、生き生きとして毎日楽しく通学出来ることを、私は願って止まない。友達一杯出来るといいね。世界中の子供達が、学校に行けるようになれるといいね

            byみかん

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テレビと知事と子供 3月2日

「テレビがあったから、おっちゃんは知事になれたんやで!」これは、大阪府知事橋下氏の、地球温暖化や、環境の改善の為、テレビを観る時間を減らそうと、子供達に伝えた時に、突っ込まれた言葉だ。

やっぱり、子供さんは凄い。核心を突く鋭い発言をする者なのだと、またまた感心した。大人が、いくら綺麗ごとを言っても、それは、民衆には伝わらないのは、何故か?それは、言葉に心、厭、魂が込められていないからだ。特に現代人は言葉の語彙が少なくて、主語や述語のない、単語の羅列や、ひどいのになると、KY等と、言葉を記号化する。KYて、とんかつ屋やないんやから、ちゃんと、言葉に置き換えて言うことができないのだろうか?

テレビと言うメディアのお蔭で知事になられたのだったら、そのメディアを堂々と活用されたらいいと想う。御自分の言葉で、テレビとか、ドーンセンターとか、御堂筋パレード等の枝葉末節の排斥よりも、もっと根源的な削減方法が在ると思う。

無駄をなくすのではなく、無理を減らす努力をされている様な気がしてならないと、考えるのは、私だけだろうか?第一、大阪市民は、府税を支払って、どれだけのメリットが在るのか、教えて戴きたい。高校は府立やったけど、大阪府が一番貧乏な時に出来た学校だったので、木造校舎しか、建てられなかったと聞く。

でも、心はとても豊かな学校で、みんな生き生きと高校生活を送っていた。お金でなくて、其処で、情熱を持って教える教師の方々が素晴らしかったからだと思う。「自主独立の精神」これが、」私達の学校のスローガンであった。

何が言いたいと言うと、今、色々な所へ行かれて、模索されて、確かに現場を見るのは大切です。でも、その行動に脈絡と言うか、一貫性が見られないのです。言い換えれば、御自分の意思で行動されているのか、言われたから、行くのかはっきりしないから、子供さんは、其処で見透かすのです。

断っておきますが、私は、橋下知事に反感を持っているとか、利害関係がある訳ではないですただ、せっかくみんなの期待を担って、知事になられたのだから、もっと判り易いアクションを起こして欲しいのです。母親の小言や、家計を切り詰めるような、ミクロな政策ではなく、もっと大局的で、しかも府民が成程と納得のいくような提言を、是非、テレビを使ってでも構わないですから、していって欲しいと、私は思います。

生意気にも、子供さんの突っ込みから、政治の話になってしまいました。橋下知事に期待をしているからだこそだと、ご理解、ご容赦願います。

           byみかん

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父見舞う  3月1日

今日から、三月!お正月以来会っていなかった、父の入院している病院に行って来た。母と、身重の次女を乗せて、久しぶりに車で高速道路を、慎重に走りながら、病院に着いた。

今日は、娘も一緒なので、別室に案内して頂き、娘が買って来てくれた、みたらし団子と大福餅を、美味しそうにしみじみと味わいながら食べている父の姿を見ると、本当に嬉しくなる。母も久しぶりに父に会えて、心なしか何時もより、とても若く見えて、生き生きとしている。

病室に帰り、家でコピーした、次女のお腹の中に居る赤ちゃんの写真をベッドの横に貼り、父に説明していると、父は写真を見ずに何故か、わたしの顔を食い入るように、じっと見つめる。「お父ちゃん、ごめんね。」と、私は心の中でつぶやいた。

連れて帰れるものなら、連れて帰りたい。でも、母の身体の事を考えると、とても、無理なのだ。と、自分で自分に言い訳をする自分が、居る。

全ての介護のサービスや、ヘルパーさんを拒み続けた父に、わたしは、本当に辛い選択をして、この病院のお世話になることを決断した。本当にひどい娘だ。せめてもの親孝行は、初めて生まれる初ひ孫の写真をこれからも、ずっと父の元へ見せにこよう。足の悪い、母を連れて・・・

もうすぐ、暖かくなったら、また車椅子に乗って、散歩にでかけような、大好きなお父ちゃん!ひ孫を膝の上に乗せて、しっかりと抱いてやってな。

少し曇っては晴れ、晴れては曇り、時には雨がぽつりぽつりと、落ちて来る高速道路を走らせながら、私達が、家路に着くと、空は晴れ渡っていた。父が大切にしていた、愛犬を散歩に連れて行くと、犬は、小躍りして喜び、リードをくわえて、じゃれついて来るのだった。

          byみかん

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