« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

寒梅の生き方 2月28日

春を告げる花、梅だよりが新聞に載る季節となった。寒風吹きすさむ中を凛々しく咲く梅の花。

どの花よりも先駆けて、煌びやかでもなく、華やかでもなく、ただ、清らに咲く梅の花が、私は好きになってきた。

毎年、道明寺の天満宮へ、梅の花を観にいくのだが、梅の木の腰の低さと、慎ましやかに、しかも、寒さの中を耐えしのび耐えしのび、密やかに咲いている梅を観ると、何故か自分の生き方と重ね合わせ、嗚呼、自分もこの花の様に、目立たず、しかし、毅然として、堂々と生きていけたら、素晴らしいだろうなと想う。

春は、もう其処まで来ているというのに、今年の寒さはひとしお厳しいようだ。早く鶯が、梅の花から花を飛び回り、春が来たと告げて欲しい。

「寒梅の 定めを知るに われの背か」

            byみかん

            

| | コメント (0)

いいこと三つ 2月26日

今日も、嬉しいいいことが三つある。

1)何時も通ってる、鍼灸院で七年前に載っていた、その鍼灸院の記事を切り取っていて、ぎっくり腰になって、はるばる西宮から来られたと言って、待合室で世間話をしていた女性と、隣り合わせの寝台に寝て、若い先生に冗談を言ったら、私の言った言葉が受けて、彼女が心の底からおもしろいと言って、大笑いしてくれたこと。

2)昼ごはんの時に、母が、私にぴったりの吟が在ると言って、心を込めて、新島譲が作ったという、詩を、久しぶりに元気な声で吟じてくれたこと。

3)先日、みかんの紙芝居を取材して下さった、塩見様から、出来上がった本を贈って来て下さったこと。とっても恥ずかしいが、真っ先に母に手渡した。

毎日、いろんなことがあるが、いいことも、厭なことも、みいんな自分の成長の肥やしになるのだと想って、これからも、一日一日を精一杯、実の在る人生を送る為、生きていくぞ!「人生一回きり」死ぬまで、べんきょうなのだ。

           byみかん

 

| | コメント (0)

ああ、良かった! 2月25日

もし、このブログを毎日見て下さっている方がいらっしゃったら、申し訳ございませんでした。私の頭なのかパソコンの故障なのかは定かではございませんが、送信でかませんで、お休み致していおりました。

どうも、人間の体力とコンピューターの機能とには、限界があるのでしょうか?ご迷惑をおかけいたしました。

昨日は、全興寺さんの紙芝居の実演に行って参りました。小雪のちらつく中を時間ぎりぎりセーフで二時少し前に、山門をくぐり、ご本尊をお参りして、慌てて紙芝居の演じる楠木の下に走って行くと、御住職がお一人で、自転車の横で水飴を作っておられました。

今日は、プロの鈴木常勝さんもお休みだとは、聞いていましたが、何時も来れれるゲストの方々が、どなたも来られていなかったので、余計に責任を感じました、でも、紙芝居を余分に持って来ていて良かったと、安堵し、子供達の前で、早速「ものまねじいさん」の紙芝居を演じました。最後の方では、参加型の紙芝居みたいに、おじいさんの台詞の、「これはおもしろそうだなあ、ちょっとやらせておくれよ。」と子供達も一緒に、声を揃えて言ってもらい、とても楽しく演じさせていただきました。

次の「ねずみきょう」の紙芝居も、お経を知らないはずのおばあさんの最後のお経「おんちょろちlろ帰られそうろう。」の後にわたしが、アドリブで、小声で「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」と言うと、一人の子供さんが、「なんや、お経知ってるやんか!」と突っ込まれ、私は、その鋭い洞察力に感動しました。やっぱり、子供さんの持っている感性は凄い!いい勉強をさせてもらえました。

こんな感じで、物凄い寒いはずやのに、ひや汗を一杯かきながら、みかんはこれからも、全興寺さんで、紙芝居の修行をツ続けさせて戴きたいと想いますので、宜しくお願い申し上げます。

            byみかん

| | コメント (0)

虹の架け橋   2月22日

また、テレビの番組の話だが、昔と言っても、今から67年前に戦争に行った、特攻兵だった方々とアメリカの軍艦の兵隊さん達が、太平洋戦争が始まったハワイ島で、野球をプレーするというドキュメントの番組だった。

以前もこのブログでおはなしさせて戴いたが、私の父も昭和2年生まれで、成人していなかったが、特攻隊を志願して、東京まで試験を受けに行き、召集されるのを今日か明日かと、毎日近くの氏神さまに日参し、どうか一日も早く戦争に行けます様にと拝んでいたそうだ。だが、そうこうしている間に、終戦になり、それから父はこの世に神は存在しないと、一切神社に参拝しても、手を合わさないようになった。

そんな、全く父と同じ年の人々が集まって、野球をすることで、積年の憎しみの冷たくて、厚い氷を溶かそうという試みだ。アメリカの元兵士だった人は、日本の元特攻兵の人が、食べ物がなくて、次々と餓死していく話をすると、「そんなに食料がなかったら、こちらの戦艦にくれば、あげたのだが・・・」と、答えた。・・・・・今だからこそ、そんな冗談が言えるのだろう。92人の戦友を日本の零戦の突撃で亡した彼は、79の歳になるまで絶対に、アメリカの食べ物を口にしなかった、或る少年野球のコーチと、二人っきりで野球の試合の前日にかたり合った。

そして、二人は手を握り合いほほえんだ。二人は互いに互いのことを、「戦争の時にされたことは忘れないけれど、許すことができた。」と、つぶやいた。

そして、試合の当日両チームは、思いっきり野球のプレーを楽しみ、友好を深め、生きていることの喜びを再認識できたのだ。たった、3日間だけ一緒に過ごしただけなのに、67年間の憎しみが消える!私は、この現実にとても驚いた。ハワイに行った、一人の日本人の方が、「同じ人間なんだと言うことが、一緒に野球をしたり、食事をして判った。」とおっしゃり、じっと空を見上げ、涙をこらえておられたのが、印象的だった。

「オーバー ザ レインボウ」虹の架け橋を渡って、19人の元兵士は、お互いの国をいや、人間を理解しようとした。そして、ハワイからアメリカ本土に帰ったそのうちの一人は、帰宅した日に、この世を旅立った・・・・

67年と言う月日は余りにも永すぎた。ハワイで、二人っきりで会った日本の方の方は、「後もう2,30年早く会いたかった。」と後悔の言葉が出たが、私は思った。「今だから、この年齢になったから、必死の想いでハワイに行き、出会いのチャンスを自分のものにできたのだ。」

人生に於いて、もう遅いということはないと思う。何故なら、私達は、今、この時、この瞬間が、一番若くて、未来が在るからだと、心から何時もそう思うからだ。

             byみかん

| | コメント (0)

オーバーワークの時は・・・2/21

最近の私は、少し急がし過ぎる。何故かと言うと、私は物凄く時間を有効に使うのが下手なくせに、何でも興味を持ってやりったがるからだと思う。つまり、オーバーワークなのだ。

こんな時は、とにかく休む。ねる。ちょっと横になる。そしたらまた、元気が湧いてくる。それから、完璧さを求めない。「ええ加減が良い加減」と自分に言い聞かす。

そして、今日からまた私の心を癒してくれる物が出来た!それは、今日病院へ行って撮ってもらった、娘のお腹の中に宿っている赤ちゃんの写真だ。この写真を見ると、まだ四ヶ月に入ったばかりなのに、もう立派な人間の形になっていて、娘も手や足がもう動いているのが見えたと、言っていた。

そうなんや!私はここでへたばる訳にはいかない。まだ顔も判らない孫ではあるが、この子の為にも、私のさせて戴こうと想っていることは、大切なことやと信じることが出来る。あせらず、あわてず、あきらめず、くさらず、休み休み、ぼちぼちいきまひょか?みかんさん。今度の日曜日は、全興寺さんでっせ。子供さんも大人の方も、紙芝居を楽しみにしてくれたはると想う。顔晴りましょう!

オーバーワークの時は、大きく深呼吸をして、静かに休みましょう!いい夢みれるように・・・ね!

           byみかん

| | コメント (0)

大阪のおばちゃん考 2月20日

今日の夕刊の記事におばちゃんは、凄い能力とパワーを持っていて、特に大阪のおばちゃんは、振り込み詐欺等には絶対にひっかからないという様なことを論じていた。

私もご他聞に漏れずに、大阪のおばちゃんではあるが、ここで何故、大阪のおばちゃんは凄いのかと言うと、大阪のおばちゃんは誰しも最初から大阪のおばちゃんではなかった。当たり前のことだが、みんな番茶も出花の娘の頃があった。だが、どうしておおさかのおばちゃんに豹変してしまうのか?それは、みんな多かれ少なかれ、色々な人生経験を積み重ねてきたからである。

誰しもそれなりに、いろいろな人生を歩むであろう?而して、何故大阪のおばちゃんが逞しいのか?それは、大阪の風土と関係があるからであろうと私は思う。大阪は、昔から商人の街であった。だから何処の地方よりも銭勘定については、シビアであるのだ。

その上、お金がないことを恥だとは思わず、お金がなくて困っている時でも、みんな隣近所が助け合って生きてきた。そして、人様からどの様に思われようと、いっこうに気にせず、マイペースで生き抜く力が備わっている。これを私は、「おばちゃんの開き直り」と称している。(大阪の中高年の女性の皆様、おばちゃんおばちゃんの連呼でごめんなさい!)

私は、この大阪のおばちゃんの心の持ち方が生きていく上での一つの智慧ではなかろうかと考える。そら、穴があったら入りたいくらい恥ずかしいことも多々ありました。せやけど、そんなこと気にしてたら生活が出来ないのです。家庭を持って家族の台所を預かる身にとって、一円でも安い野菜を買いに、ママチャリを駆使してスーパーからスーパーを渡る、度胸とパワーが必要です。

話を元に戻しますが、何故大阪では、振込み詐欺が起こりにくいかと言うと、ほんまはお金が在るのかもしれない時でも、割に合わないことには、お金をそう易々と使わないし、お金がないと言うことを恥だとは思わないからだと思います。

くどくど申しましたが、とにかく大阪のおばちゃんのいい所は、自分に正直で素直でおせっかいな処やと思います。自分自身を良くも悪くも見せようとするのではなく、在りのままの自分を信じることの出来る強さを兼ね備えているのではないでしょうか?

こんな大阪のおばちゃんの心根が、今の社会にも必要なのかもしれません。お金は最低必要限度出すけど、人情は溢れる程迸っているのが、大阪のおばちゃんの一番いい所やと、私は思います。「大阪のおばちゃんパワーを全国ネットへ広げよう!」ちょっと厚かましいけど宜しいでっか?

          byみかん

| | コメント (0)

根性と、ゾーン 2月19日

夜、テレビのスイッチを入れると、スポーツ心理学の先生のお話の番組をやっていた。その先生も、学生時代から空手をやっておられ、根性で鍛えておられた。だが、その先生が、アメリカに留学されて、価値観が180度変わったとおっしゃった。それは何故か?

アメリカでは、決して選手を叱咤激励せず、兎に角誉めて誉めて、自分は出来るんだという、イメージを植え付けつるのだそうだ。そうして、身も心もリラックスして、呼吸がし易くなると、人間はとてつもない力を発揮出来る瞬間が訪れるのだと言う。このミラクルの時限をゾーンと言うのだそうだ。

私は、この先生のお話を聴いて、目から鱗が落ちた様な気持ちになった。そうなんや、なんでも私は、難しく考える処が在る。だから、最近しんどい気持ちになるんや。紙芝居を演じる時も、普段の生活を過ごす時も、もっと肩の力を抜いてリラックスしたらええやんか!

気構えばかり立てたって、肩こるだけやししんどい。せやから、心を無にしてお腹の底から、人生を楽しんだら生きていくのが面白い。ゾーンかゾンビか判らんけど、そんな境地になって、マイペースでいきまひょ。人生は短いけど、生活は長いと、大河萬子次先生が何時もおっしゃってる。死ぬまであと、せいぜい数十年、自分の気持ちに素直になって、生きていきたい。人生って気持ちで作るんですね。

世の中なんか、気ぜわしい。いろいろごちゃごちゃ、しんどい時も落ち込む時もあるけれどどれだけ出来たかではなく、どの様にやってきたのかが、大切なんや。落語で「長短」という話があるが、これは、気の長い人間と短期な人間のアンバランスをおもしろおかしい会話で笑わせるのだが、人間はなにごともバランスが、大切。だから、緩急等しくして、これ幸いなりでござ~い。なんのこっちゃ?

すいません。今日のみかんは、頭がショートしている様で、ちょうどお後が宜しいようで・・・・

              byみかん

| | コメント (0)

娘帰る   2月18日

今日から、昨年の秋に結婚した次女が、初めてのお泊りの里帰りをする。そう、彼女は、今、妊娠中なのだ。妊娠の初期の一番つわりのひどい時のはずなのだが、彼女は、気分が悪いと言っては、夜に近所のスーパーへ、長女と一緒に食料を買出しに行き、これでもかと言うぐらい、おやつと大好物のサーモンを買って来て、美味しそうに食されるのだ。全く、羨ましいくらい楽に見える。

当人に言わせたら、結構大変だとの給う。やれ、便秘が苦しいの、やれ、朝起きたら気分が悪いのと、そのにぎやかなこと、この上ない。「心配せんでも、お腹から出てきたら、大変やと言う間もない位、大変になるよ。」と、そう心の中でつぶやいたら、娘が、「お母さん、勿論、お産の前に帰って来るから、宜しくね~」と、言った。

「やっぱり、一番大変なのは私なのかもしれない・・・・・」と、今から孫にまごつくだろうと、アホなだじゃれなんぞを言っている場合ではないと、言いながら自分自身で突っ込みを入れているみかんであった。

              byみかん

| | コメント (0)

未来都市は何処へ?2月17日

わたしがまだ子供だった頃、大阪で万国博覧会が催された。テーマは確か、「人類の進歩と調和」だったと記憶する。あの頃の私は、二十一世紀には、輝く未来都市となると信じていた。そして、心の中で何時も二十一世紀まであと何年なのかと、数えていたのである。

宇宙旅行が気軽に行けて、自動車が空中を走り、ロボットが人間の代わりに仕事をしてくれて、人々の笑顔が絶えない街、そんな大阪の未来都市を描いていた。

ところがちょっと待ってください!二十一世紀に入って、大阪いや、世の中はどうなりました?確かに生活は便利になり、物質的には豊かに暮らしが出来る人が大方を占めるようになりました。だけど、心のはドーナツのように穴がぽっかりと空き、孤独や不安な気持ちに苛まされ、苦しんでいる人が増えてきているのとちがいますか?

一体何故こんなことになったのでしょうか?答えは一つではないでしょう。いろんな原因が重なって、人々の心から豊かさが消えてしまって来ているのです。物質的には豊かになり欲しい情報がすぐに手に入り、医学が発達して、高齢化社会になった。だけど、生活の骨組みは在っても、血や肉や機能する器官が無いのです。つまり、骸骨と一緒ですね。

人々の生活を人間の身体に例えたら、ミイラ化、いや白骨化して干からびてきたのやと思います。では、何が必要かと言うと、やはり、充分な水分や栄養です。潤いを造るもの、つまりそれが、日本の旧き良い文化や伝統、日本人から忘れ去られつつある心やと、私は思います。

達は、日本人が本来持っていた昔の人々の、「ものの哀れ」の心情や、伝統、文化を重んじる気持ちを置き去りにして、発展していったのではないでしょうか?

万国博覧会のテーマである、「人類の進歩と調和」の調和の心を忘れてしまったことが、現代社会のこの、殺伐とした空気を流してきたのだと思います。

しかし、今からでもわたしは、まだ遅くはないと想うのです。もう一度子供の頃の、人々が笑顔で触れ合っていた頃の大切さ、温故知新の心を取り戻せば、必ずや立ち直ることが出来ると、私は信じております。そう願いつつ、紙芝居を皆様にお届けし、伝えてさせて戴きたいと何時も想っているのです。

                byみかん

| | コメント (0)

不屈のマスター 2月16日

谷町六丁目に在る、空堀商店街の入り口に、「モナミ」という、洋食屋さんがある。ここのマスターは、13年前の阪神淡路大震災で、神戸でやっておられたお店が崩壊して、こちらに移って来られたそうだ。だからかどうか判らないが、物凄く苦労されたのであろう。このマスターのお客様に対する心配りは、並大抵のものではない。

私は、いつもここで、友人とカウンターで、食事をするのだが、必ずといっていいくらい、「お口に合いましたか?何時もありがとうございます。」と、声を掛けてくださる。勿論来るお客様全部に、その言葉を掛けられるのだ。

今日も、いつもの様にカウンターで、彼女と一緒に食事をしていると、何時もの様にあまり話されないで、何故か寡黙だった。だが、私達が帰るときに、やっぱり「お口に合いましたか?何時もありがとうございます。」と、声を掛けて下さり、その後、モナミのお店が、というか、マスター自身が、テレビの取材を立て続けに三回も、受けて放映され、大変だったということをおっしゃった。

私は、やっぱりお疲れだったんだなあと思い、テレビに映るのも楽じゃないなあと、考えていると、マスターがその後で、機関銃の様に、3月5日に山田まりあさんが結婚式を挙げるのに、奥様と息子さんと三人揃って招待されたことを、嬉しそうに話された。私は、そのマスターの話を聴きながら、苦労が報われたんだなあ、本当に良かったと、心から自分のことの様に嬉しく思った。

人間、苦しいことや辛いことを辛抱して努力したら、必ず花を咲かせることが出来るんだ。紙芝居で、「おかあさんのはなし」と言う作品があるが、その中でお母さんの言葉に、「本当に辛い目に遭って辛抱したひとだけが、世の中の役に立つ立派な人間になれるのです。」とある。

私は、このマスターもきっと、世の人々の食べる喜びの役に立つ為に、震災から立ち直られた、不屈の精神を持った方なのだと、感動しながらモナミを後にした。

                 byみかん

            

| | コメント (0)

母の「どやった?」 2月14日

本日は、大正区の老人クラブ連合会主催の、「地域おでかけ講座」にお邪魔して、紙芝居の実演四本と、紙芝居の歴史についての時間を設けて戴いた。皆さんとても真剣に、私の拙い紙芝居と紙芝居の由来の話を聴いてくださった。本当に有り難い。

紙芝居の実演を終えて、バス停まで担当の職員さんに送って戴き、まっしぐらにバスと地下鉄を乗り継いで、田辺の駅を降りて、木曜日が花の一割引のスーパーで、しっかり買い物をして、やっと家路に辿り着いた。

玄関のドアを開けて、「ただいま!」と言うと、母が奥の部屋から飛び出して来て、「どやった?」と聴いてくれた。「うん、なんとか出来て、皆さん喜んでくれはったよ!」と笑顔で言うと、母はとても喜んでくれた。なにしろ、この日の為に毎日の様に、同じ紙芝居を通しで四本聞いて、練習台になってくれているもの」だから、気にかかるのも無理はない。

私は、お土産に花の一割引のスーパーで買った、母の大好物の大福を手渡すと、母は嬉しそうに、「美空ひばりのお母さんみたいやな!」と冗談を言った。「そんな大それたこと・・・」と、照れくさかったけれど、母の喜ぶ顔を見るのが一番嬉しいみかんであった。

            byみかん

| | コメント (0)

紙芝居の学びの仲間達2月12日

紙芝居を文化として、次の時代に残していきたい。紙芝居をどの様に演じたら、観客の方々に喜んで戴けるかを学びたい。どんな紙芝居をどの様な人々にお届けしたら良いのかを知りたい。そんなこんな、あれやこれやと紙芝居のことを一緒に楽しく語り合い、演じ合う仲間が欲しい。

そんな想いで、紙芝居のグループを立ち上げさせて戴いた。グループの仲間の方々は、本当に紙芝居に熱い想いを持っておられ、そして、皆さんのチームワークが抜群で、この前の平野図書館での、紙芝居の発表会では、それぞれの持ち味を活かされて、生き生きと、実演された。

さて、これからが大切な時だ!みんなのこの紙芝居に対する、真摯な気持ちをもっと報われる形として活動をしていきたい。続けること。学ぶこと。実践すること。この三つが揃って、初めて本当の紙芝居のネットワークを造ることが出来るのだ。

皆さんの気持ちに応える為にも私はこれからも、紙芝居のことをもっと深く学んでいきたいと想う。演じさせて戴きたいと想う。さあ、明日はプーさんクラブのお話会!久しぶりの私の子育て支援の原点の居場所の日。どんな紙芝居を演じたら、みんな喜んでくれるかな?

             byみかん

| | コメント (0)

ちょっと待ってください!2月10日

今日は午後から、住吉人権センターに、紙芝居のサークルの、月に一度の定例会に行く予定であった。午前中に買い物に行った帰りに、バイクが遂にダウンしてしまい、バイクを泣く泣く押しながら、一km位歩いた。やっとのことで、家に辿り着き、お昼もそこそこに、地下鉄の駅に向かった。そしたらなんと、人身事故で、電車が不通になっていた。

最近、人身事故の為、電車や地下鉄がよくストップする。自殺された方は、助かったかどうか、安否がきになる。自殺をする人の心理は、生きていることが、死ぬより辛いのだ。

自分を責めたり、自分の価値を見出されなかったり、人間関係に苦しみ、生きていることの意味がなくなり、自ら命を断つ・・・・・

でも、ちょっと待ってください!私も自分自身生きていることが、許されないのだと思い、本気で、何度も死のうと思ったことがあります。もし、このブログを見ている方で、生きていくことが、辛いと思っている方がおられたら、決して自分を責めないで下さい。

貴方は、この世の中に望まれて、生まれて来てかけがえのない存在なのだと、堂々としていていいのですよ。私が、死を選ぼうとした時に救ってくれたのが、子供達の笑顔です。こんな私でも、紙芝居を楽しみに待っていたくれている子供達が居てくれている。

人間が、生きているのは、誰かの役に立っていると思える瞬間があるからではないでしょうか?みんなのお荷物になったり、自分なんて生まれてこなければよかったなんて、決して思わないで下さいね。

一度きりの人生だからこそ、この命が自然に生を終えるまで、私達は、生きていく権利と義務が在ると想います。人身事故に遭われた方にも、色々と悩まれたことがあるでしょう。本当にお辛かったと思います。人間の運は、神様しか判らないと思い、今、苦しんでいる方々へ、辛い時こそ、誰かに話しを聴いてもらいましょう。そんな機関はたくさんあると思います。在り来たりな言葉ですが、独りで悩まず、路はいく通りもあるのですから・・・・・・

               byみかん

| | コメント (0)

白い雪の誓い 2月9日

大阪に、なんと11年ぶりに雪が積もった。地球温暖化云々をいわれて、霙一つ降らないでいた、ここ何年かを危惧していたが、久しぶりの積雪を見て、子供の頃の思い出が、蘇えって来た。

あの頃は、冬になると毎日、明日は雪が降らないかと、何時もテレビの天気予報ばかり見て、予報が雪だと、なんだかとても嬉しくて、早く明日にならないかと心待ちにしていた。

今、この歳になって、雪が降ると、子供の頃の感動や、喜びが湧いて来ないのだが、やはり、何年ぶりかに、雪が積もり、窓の外の風景がいつもの風景とは、全く違ってみえる。これが、私の心に、不思議なエネルギーを与えてくれるのだ。

何故かと言うと、真っ白い雪を見ていると、自分自身の心と同化していく様な気がして、自分もこの、少しの汚れもない真っ白な雪の様な心を持った人間で在りたいと、想うのだ。

そして、白い雪の美しく、家々の屋根や、塀に積もった雪を見ているだけで、何故か、底知れぬ勇気が湧いてきて、こんなに白くて、汚れの無い美しさに感動を覚え、自分の目にしっかりと焼き付けておこうと想う。今度は、何時見れるか判らない白雪に、自分の一点の曇りの無い心がないことを、これからも誓うみかんであった。

                   byみかん

| | コメント (0)

3㎝の命  2月7日

昨年結婚した次女のお腹に、赤ちゃんが授かった。今日、彼女を病院に連れて行った。お腹の中の写真を見せてもらった。もう、頭と手足の形が、はっきりと判る。今、3㎝の大きさだとのこと・・・・

まだ、自分の血を受け継いだ孫が出来るなんて、実感が分からないが、お腹の中の命は、確実に成長しているのだ!幸い、娘もつわりがほとんどなく、病院の帰りに、買い物をして、お腹がすいたと言って、たこやきを美味しそうに、ほおばっている。そういうたら、あんたが私のお腹の中におった時も、ほとんどつわりがなくて、むしょうに、食べたくて食べたくて、お菓子を一杯食べてたなあ・・・・

この孫になる子も、きっと、何でも食べる元気な子が、生まれてきて欲しい。男の子でも、女の子でも、健やかな子であることだけを願う。

みかんに孫が出来たことで、これからも、益々この世の中を少しでも明るく、将来に夢と希望がもてる様になって欲しいと願い、これからも、紙芝居活動と、子育ての方々のお役に立ちたいと思うのであった。でも、おばあちゃんなんて、呼ばせないぞ!と、思いながら、これから、生まれてくる孫の顔を、思い浮かべ、嬉しい気持ちになり、喜びをかみしめる、みかんであった。

            byみかん

| | コメント (0)

みかんの開き直り 2月6日

完全無欠の人間なんて、この世に存在しない。完璧な人物が居たらお目にかかりたい。人間は、失敗から色々なことを学ぶのです。昔から、「3つ叱って、七つ褒めよ」と言う言葉が在る様に、叱るより、褒める事の方が、多いことで、人は伸びるのだと思います。

だから、自分が出来るのに、何故こんなことが出来ないと思うことが、よくありますよね。でも、こう考えてみたらどうでしょう?自分の出来ることと、相手の出来ることは違うのだ。こう思うと、とても楽ですよね。

私はとても不器用で、呑み込みの悪い所があります。また、自分に馬鹿正直で、人に誤解され易い面が多いと思います。でもね、不器用な人間程、真面目の上にくそがつく位、人一倍努力をします、また、呑み込みが悪くて、なかなか覚えが遅いです。でもね、だからこそ、判らないことは、判らないから教えて下さいと、正直に聞くことが出来ます。馬鹿正直で、人から誤解され易いタイプです。でもね、陰で、人の悪口を言うのが大嫌いで、直接相手にストレートに、思ったことを言うので、裏表がなく、後ろめたい気持ちには、一つもなりません。言われた人には、申し訳ないけど。

こんな私ですが、悩んだ時は、どうしょうもなく落ち込む時があるので、「なるようになる」と、思うようにしています。自分をどんなに着飾って良く見せようと思っても、考えていることは、すぐ言動に出てしまいます。だから、私は今の私でいいのだと思います。「いもはいも、大根は大根、自分は自分。」昨日より、ほんの少しだけ、努力する日もあれば、出来ない日も在っていいのです。ぼちぼちいきまひょ。焦らずに、ゆっくりと・・・・ね!

               byみかん

| | コメント (0)

人間に生まれて来て・・・2月5日

人間は、万物の霊長である。その人間として、この世界に生まれて来たことは、本当にラッキーと言えるのではないか?犬でもない、ねずみでもない、ゴキブリでもない・・・考えてみれば、人間として生まれて来れたということは、かなり稀なことで、とても有り難い。

さて、そんな幸運を私達は、当たり前、厭、その事さえも気付かずに、毎日を漠然と過ごしている人の方が、多いのではないか。かく云う私も、いつも何時も、そんなことばかり考えているわけではない。つい、自分の思い通りにならないと、不平や不満の言葉が口をついて、ついつい出てしまう。

何が言いたいというと、人間として生まれて来た、この偶然の必然を私達は、時には考えることも大切なのではないだろうか?一度きりの人生を実の在る豊かな生涯として、生きるも、何も考えず自分の人生の終着駅に来て、初めて後悔するも、今の行き方次第であると思う。はなしが、こむずかしくなったが、むかしから、「笑うも一生、泣いて暮らすも一生」と言われている。せっかく人間として生まれてきたのだから、笑って、楽しく生涯を送りたいものである。

            byみかん

| | コメント (0)

春不遠  2月4日

今日から暦の上では、春・・・昨日も言いましたっけ?そんなに、春がくるのが、待ち遠しいかって?そりゃあ、春になるとなんだか、希望の光が差し込むみたいに思われますよ!

春は、暖かな気候で、花が咲き乱れ、虫達が土の中から出て来て、そよ風が吹いて心地がいいのです。そんな春の季節になると、何処か自然の一杯溢れる処へ出かけたくなり、何か新しい事に挑戦する意欲が湧いて来るのです。

私の夢のノートには、「春不遠」(春遠からじ)と記しています。夢は、でっかく、そして春風のように、人々を和ませ、さわやかな気持ちにさせてくれる。

今日のような、激しいみぞれ混じりの厳しい寒さに耐えた者が、春の本当の温もりを実感出来るのかもしれませんね!

人生山在り、谷在り、私も今は冬の季節で落ちこんだり、凹んだり、時には穴が有ったら入りたい、後ろ向きの時もあるけれど、人生そんなに捨てたものじゃない。生きてるだけで丸儲けと、誰かが言ってた。

春はまだまだかもしれないが、確実にやって来るのだと、希望を持ち、今日もみかんの戯言を覗いて下さり、ありがとうございます。インフルエンザが流行っております。くれぐれもお互いに、ご自愛下さいませ。

               byみかん

| | コメント (0)

今日は節分 2月3日

今日は、節分。丸かぶり寿司と、鰯をたべる。年の数だけ豆を食べるのだが、これは、ちょっときつい数になって来たので、もう、年は考えないでおこうと、勝手な解釈をして省略した。我が家の愛犬を引き連れて、お魚が、一番新しいスーパーに鰯を買いに行った。が、な、なんと!売り切れではないか?しまった!遅かったか。そこで、鰯の甘露煮を買って、代用にした。

今日は、大阪中の家で、丸かぶり寿司を食べて、鰯をつっついて、豆を年の数だけ食べているのであろうか。まあ、それも日本の文化や伝統の継承と思えば、受け入れられるし、なんと言っても、晩の献立を考えて調理しなくていいので、主婦の休養日になる

紙芝居で、「鬼は内、福は内」と言う作品があるように、必ずしも鬼は邪悪の対象と言うのではなく、災いのないように、この一年をまめに暮らせるようにという、昔の人々の願いがこもった、行事であろう。明日は、立春。暦の上では春であるが、東京では、大雪が降り、大阪も底冷えのする、まだまだ寒さの厳しい日が、続く。皆さんくれぐれも、風邪などひかれない様、ご用心下さい。今日は、一日、いい節分を迎え、久しぶりに、家でゆっくりと過ごしたみかんであった。さあ、明日からは、また、顔晴るぞ!

           byみかん

| | コメント (0)

2月のみかんの予定

  • 今月の青空視観の予定をお知らせ致します。宜しければ参考にして、下さいませ。

 2月10日(日)  13時30分~16時頃迄   住吉人権文化センター

             紙芝居大好きまなび・おおさか勉強会 参加費200円

 2月13日(水)  14時~15時  子育てサークルプーさんクラブ お話会とお茶会

 2月17日(日)   午前10時~12時  紙芝居入門教室  難波市民学習センター

                           第3会議室 受講料千円

 2月14日(木)  大正区老人クラブ連合会主催 「地域おでかけ講座」にて、

            紙芝居の口演と紙芝居の歴史についてのお話 

            13時30分~14時30分

 2月27日(水)  田辺会館親子サロン    就園前の親子さんと紙芝居のひと時を

            11時10分~11時30分

 2月24日(日)  全興寺さん街頭紙芝居   大阪市平野区平野商店街通り

             14時と15時

 2月28日(木)   マザーズドリームさんの紙芝居実演会にて口演

             16時~16時30分  ハーモニカの演奏もあります。

以上、日にちの列挙が、前後致しましたが、寒さに負けず、今月も紙芝居を出来るだけ、大勢の方々に観て戴けたらと思います。また、これは、三月の予告ですが、3月16日の午後13時半~15時迄、私の住まいの或る、地元、谷町線の田辺駅から、南へ徒歩7分の処に在る、「鈴木住建田辺スタジオ」にて、紙芝居教室の生徒さんに依る、修了式と、発表会をさせて戴く運びとなりました。このスタジオは、すずき住建の社長の鈴木宏昌様の紙芝居に理解を示して下さり、4月からは、こちらのスタジオをお借りして、紙芝居教室を開講させていただく予定です。どうぞ、宜しくお願い申し上げます。また、鈴木社長さん、本当にこの度は、温かい後援を賜り、誠にありがとうございます

以上の件でのお問い合わせは、全て、06-6621-2467 (FAXも) 山口迄お願い致します。ありがとうございます!以上、青空視観の今月の予定でした。 

           byみかん          

| | コメント (0)

子育ての恩返し 2月2日

私は、報恩と云う言葉が気になる。何故なら、私の今の子育て支援や、紙芝居の活動をさせて戴いているのも、私の子育て時代に、親元を離れて年子の娘達をなんとか孤立せず、しんどかったけど、楽しく子育てさせてもらえたのは、近隣の方々の温かいご支援や手助けをして頂けたお蔭である。

自分が安心して子育てをさせてもらえた時代を、再びもう一度呼びさまさせてもらえたら、その御恩に報えると、何時も思っている。だが、これは、全くの自分の自己満足で、本当は、紙芝居の普及と謳いながら、自分の楽しみに興じているのかもしれない。

否、自分を責めるのはやめよう。私は、今まで紙芝居を生き甲斐として、人生を楽しませて戴いて来て、また、たくさんの友人や恩師や、お世話になった方々とご縁を結ぶことが出来た。本当に有り難いことだと思っている。

「人生一回」この言葉は、今日、出席したシンポジウムで、出逢わせて戴いた田中尚輝先生が、私の購入した本に書いて下さった言葉である。何時も、常に、何回も、くどいなあ、思っていることなのだが、どうしても、ぼおっとしている時の方が多い私の日常である。今、この時、この瞬間を精一杯に生きる!この生き方の積み重ねが、やがては、私が思っている、子育ての報恩となり、お世話になった方々への御恩返しが出来るのではなかろうか。まずは、親孝行と、自分に言い聞かすみかんであった。

             byみかん

| | コメント (0)

もう、如月です。2月1日」

月日の経つのは、早いもので、今日からもう2月にはいりました。よく、昔の人は、「一月はいく、二月は逃げる、三月は去る。」と、言っていたそうです。今日、病院で働いている長女が、入院していた患者さんが、亡くなられたと、話してくれました。

彼女曰く、「人間は、せっかくこの世に生まれて来て、どうして、この日に心臓が止まって、その生涯を閉じなければならないのだろう?その現実が、受け入れ難い気持ちで一杯だ。」と話してくれました。成程、そのとうりかもしれません。私が彼女に答えられたことは、「人間は、みんなこの世の中に、みんな意味を持って生を受けて、産まれて来る。誰一人として、必要のない人は居ないのだと思う。それぞれの生涯を精一杯生きて、そして、また次の世代の人に受け継がれていくのだ。そのひとは、きっと、色々な人生の機微を潜り抜け、そして、生涯を全うされたのだ。人間の一生なんて、長くてたかだか百年足らず。この、限られた時を私達は、どれだけ生きたかではなく、どの様にして生きてきたかが大切なのだと思う。今この一瞬一瞬を、大切に生きることが、人間として生まれて来た、喜びとなるのだと思う。」

松尾芭蕉が、「奥の細道」で「月日は百代の過客にして、行き交う人もまた旅人なり」と述べている様に、私達は、人生という旅を続けて行き、そのゴールが、生の終着駅なのかもしれない。今日から二月、時は待ってくれない。私達が、時の流れの速さに翻弄されず、大切に時間を使っていきたいと思うみかんであった。

            byみかん

| | コメント (0)

正義の味方鞍馬天狗参上1/31

野村萬斎さんが、主演されている、鞍馬天狗を観た。これは余談だが、最近良くテレビを観たり、電話で長話をするようになって来た。

この鞍馬天狗が、物凄くカッコいい!何故かと言うと、正義の味方で、しかも不死身だからだ。自分にこれだけ誇りを持って、しかも絶対に死なないとおもっている。ここが、素晴らしい。よく、「~の為だったら、死んでもいい。」とか、「これの為に命を賭けても惜しくない」と言う台詞が有るが、命は、たった一つしかないのだから、そう易々と死んでしまっては、元もこうもない。

だが、鞍馬天狗は、不死身だとはっきりと自分で言い切る。ここが凄いと思う。何故自分は死なないと思うのか?それは、自分は正義の味方だから、絶対に悪に勝つと信じて疑わないからだ。私は、これは勇気と云う物に繋がっているのだと思う。

「悪は滅びる。」この図式が、現代の世の中に一番欠けているではないだろうか?ばれなかったら、少しぐらい悪いことをしても構わない。と云う風潮・・・・だが、昔から諺で、「悪事千里を走る」と言われる様に、今の世の中でも、悪いことをしていれば、必ずや暴露され、天罰が下る時が来るのだと、私は信じたい。そうしなければ、正義の味方が現れても、不死身でなくなってしまうじゃありませんか?

そんな世の中になったら、もう、お終いです。未来を担う子供達の希望の光を照らす為にも、「悪は滅びる。」ことをみんなで、今一度考える時期が、来たのではないだろうか?だから、「鞍馬天狗」の番組が40年以上もの時を経て、再び放映されたのだと、私は思う。

鞍馬天狗のおじさんや、おばさんが、地域の街中に一杯溢れるくらい、豊かな日本の国に、もう一度皆さんで、造ろうではありませんか?如何ですか?皆さんのできる形で一人ひとりが、正義の味方になったら、「悪は、滅びるのだ!私は不死身だ。」と、一人、テレビを観ながら、意気込むみかんであった

          byみかん

| | コメント (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »