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2008年1月

ギョーザ注意報! 1月30日

テレビのニュースで、中国産の冷凍餃子に、毒性の強い農薬が混入されて、中毒患者が現れたと、報じられた。嗚呼、今度は冷凍食品か?私達は、これから一体何を信じて口に食すれば良いのか判らなくなった。

これは、氷山の一角で、明らかに私達の食の安全が脅かされていることは確かだ。みんなのギョーザ、庶民の味方の餃子が食べられない。これでは、冷凍食品どころか、加工食品も、信じられない・・・・この業界に携わっておられる方々の打撃が心配だ。

食の安全の崩壊や、中国のイメージの打撃は、今に始まったことではないが、これから私達が、気をつけなければならないことは、これらに乗っかった、デマや虚言である。国産崇拝を謳うのではなく、流言にまやかされないで、安心して食生活を送れる手立てを見つけていくことが、肝要である。私の大好きな餃子が、決してこんなことで消えないで欲しい。餃子メーカーの方々、庶民の味、ビールのお供の餃子を是非、貴方がたの企業努力で、どうか、お守り下さい。たかが、餃子、されど餃子。私はなんでこんなに餃子にこだわるのか?それは、安くて美味しくて栄養満点の、三拍子が揃っているからであろう。

餃子ファンの皆様、是非、皆さんと供に餃子を、スーパーの売り場から無くなるのをまもりましょう!私達一般庶民の為に・・・・・

               byみかん

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クレームは財産 1月29日

今日、或るテレビ局で、クレーム特集の番組をやっていた。世の中には、こんなことで、クレームを言ってくるのかというクレームの、驚く程の凄まじいクレームのオンパレードであった。考えてみると、番組の中でも、或る飲食業界の社長さんがおっしゃっていたが、「クレームは財産だ!」という言葉は、含蓄がある。

つまり、関心があるから、クレームを言う。言い換えれば、そのお店にまた行きたいから、注文をつけるのだと、私は思う。どうでもよかったら、黙って、二度と再びそのお店には、行かないであろう。また、こんなお客さんもおられるのではないだろうか?自分に関心を持ってもらいたい。話を聞いてもらいたい。今の世の中、孤立感が蔓延していて、誰かに自分の話を聴いてもらいたい。誰でもいいから、自分に注目して聞いてほしいという人が、結構多いのではないだろうか?

とにかく、クレームとは、無関とは、相反する位置にあるもので、人間同士の絆を却って、クレームをきっかけに、深める様になれるものかもしれないと考えるのは、私だけであろうか?個人の付き合いも然り、「雨降って、地固まる」という諺がある。喧嘩するほど、案外、仲良しなのであろうか?言いたいことは、馬鹿正直に言ってしまう、不器用な生き方しか出来ない私の詭弁であるかも知れない。どうぞ、ご容赦を・・・・・

           byみかん

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距離を保つと言うこと 1月28日

よく、距離を保ってと言うことを耳にする。距離を保つ・・・・・これは、大切なことだが、なかなか難しい。どうしたって、人間熱くなると、頭に血が昇って、自分を見失う。

特に私は、自分の考えに固執する所が在り、客観的に自分を見つめることが、とても苦手な人間だ。この、自分を如何に客観的に見つめ、自分の感情をコントロールすることが出来れば、世の中のどんな困難にだって、立ち向かえることが出来る気がする。

宮澤賢治の「雨にも負けず」の詩の中の一節「あらゆることを じぶんをかんじょうに いれずに よくみききしわかり・・・・」と言う言葉が、わたしは、大好きだ。賢治は、そう言いながらも、「東に病気のひとあれば、行って看病してやり、西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行って、恐がらなくてもいいと言い、北にけんかや訴訟があれば、つまらないからやめろと言い、寒さの夏は、おろおろ歩き、日照りの夏は、涙を流し、みんなにでくのぼうと呼ばれ、誉められもせず、苦にもされず、そういう者にわたしはなりたい」実に、立派な生き方である。私も、こんな生き方の万分の一でも出来れば、本望である。

         

自分と相手との距離を保ちつつ、しかも相手のことを思い遣ることの大切さ。そんな素敵な生き方が出来る人間に私はなりたい・・・・

           byみかん

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みかんの復活 1月27日

この、2週間程、私の心身の不良の為、ブログをお休みさせて戴き、申し訳ございませんでした。母の手術に立ち会った後、珍しく風邪をひいてしまい、39度の熱と戦いながら、殆ど、食事も喉に通らず、お蔭で、少し痩せました。それは、笑い話にもなりませんが、本当に私は、疲れていたのですね。パソコンの前に座ることも出来ない位、気力が失せ、このブログを何時も見てくださっている方々に、「みかんはどうしたのか?」と気遣って下さった方もいらっしゃるのではないかと、気がかりでした。

お蔭様でようやく、体調も復調しきょうからまた、このブログを再開させて戴きたいと想います。どうか、宜しくお願い申し上げます。

今日は、午後から、平野図書館で、「紙芝居だよ全員集合」と言う、紙芝居ならではの、紙芝居尽くめの、実演会をさせて戴きました。出演された、紙芝居の仲間の皆様、そして、寒いこんな選挙で、女子マラソンもある日に、観に来てくださった、観客の方々、東京から、この催しの為に起こし下さった、田中和子先生、奥様と御一緒に、交野市から電車を乗り継いで、マジックを披露しにきてくださった、大河満子次先生と益江奥様、司会をお願いして、快く引き受けてくださった、富田なぎさ先生、そして、このような素晴らしい場所を提供して下さり、大変お世話になりました、平野図書館の館長さんを始め、職員の皆様方、また、手作りの紙芝居「ちんちんでんしゃのおもいで」と大型紙芝居の舞台を快くお貸しくださった、「絵本サークルぶくぶく」さん、その他にも沢山の方々の声援や、ご支援を頂戴して、なんとか無事に、念願の紙芝居劇場をさせていただくことが、出来ました。

全ての方々に心から感謝の辞を述べさせていただきます。これから、また次の新たなステップを進むべく、私達は、この日本が産んだ素晴らしい、紙芝居という文化を次代を担う子供さん達にお伝えして、いい作品をできるだけ沢山観て戴くことで、今の日本の人々が、忘れかけている、「大切にする心」を残していきたいと想います。

これからも、このブログで、紙芝居の情報や、紙芝居を通じて、私が考えたこと等、折に触れ、述べさせて戴きく存じますので、どうぞ、宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます

          byみかん

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駄作「足るを知る」 1月14日

        足るを知る

              山口朗鳳

自分のちっぽけさを 身の程を知れ

たいしたことはない 自分の値打ちは自分で決める

夢はでっかく でも、足元をすくわれるな

これで良しと思えば 自己満足か

否 自分のベクトルを常に 目標に照準合わせ

悲しいかな うぬぼれの気持ちを捨て

独りだけの力の 無力さを思い知り

共に喜び 共に泣く

そして、共に生きる道ぞ素晴らしき

足るを知るとは 是このことか

謙虚に 慎ましやかに 振舞うことなり

人間の欲望に きりなきことを われ悟り

これで良しと思うことも 時には是なり

    

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紙芝居の活動の意義 1月13日

紙芝居は、今から凡そ80年近く前に、日本で出来た独自の文化である。その発生のきっかけは、失業した人々が、日銭を稼ぐ為に、駄菓子を販売する道具として生まれた。この紙芝居の誕生は、当時下町で娯楽のなかった子供達の心を捉え、あっと言う間に爆発的な人気を博した。これが、紙芝居の生まれた経過である。

私の紙芝居の経歴は、まだ日が浅く実践経験も少ない。だが、何故自分は、紙芝居を生涯のライフワークとしたのか、どうして、紙芝居を今の世の中に広めていきたいとおもったのか?それは、一言で言わせてもらうと、紙芝居は、今の時代に絶対に欠くことの出来ない文化で在ると信じているからだ。

世の中が、便利になり、物質的に豊かになり、情報がすぐに自分の手に入る時代だからこそ、紙芝居は、人々の心に本当の心の豊かさを提供できるメディアであると、わたしは自負する。時代は、携帯、テレビ、ゲーム、IT機器等、実体験からは、程遠い物に依存している傾向が、強い。実体験を感じ、しかも、それを独りではなく、集団で経験することにわたしは、紙芝居の大きな意味が在るのだと思う。

今の世の中、一人で体験することが、多すぎる。特に娯楽に関しては、然りである。みんなで一緒に紙芝居を観ることは、同じ一つの物語を顔も知らない人同士が観ても、何故か、其処に共感の心が生まれる。自分は独りぼっちでは、決してないという、確かな孤立からの脱却を図れる居場所を、一番簡便に創ることが出来るのが、紙芝居で在ると、私は思うのだ。それは、絵本の読み聞かせや、素話では、感じることが出来ない、紙芝居ならではの独自性が在るからであろう。

話を元に戻すが、今の時代に紙芝居を伝えていき、広めていきたいと思った最大の原点は、あまりにも時代が進化し過すぎ、人々の心が乾いてきた危惧をいだいたからである。紙芝居の動かない絵が、演じ手の抜き方一つであたかも、動いている様に見える、不思議さ、生身の人間が肉声で語るのを実感する感動、そして、ゆっくりとしたリズムで心地良い気持ちになれる、癒される効果、何より大切なことは、みんなが同じ物語を観て、大人子供達も、誰もが、演者が紙芝居を作品を通じて、生きることの喜びを共有することが出来る。

こんな素晴らしい文化は、これからもずっと大切に守っていき、伝えていくことが、必要なのだと、鑑み、自分の身の丈に合った活動で、やらせて戴いているし、これからもずっと、続けていくことが、紙芝居を命懸けで広めていかれた、先人の方々への報恩となると、何時も私はおもっている。

           byみかん

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知事選に一言物申す 1月12日

大阪市民として、一言今回の知事選に申し上げたい。

ビジョンやスローガンや、理念などの「ン」の付くマニフェストは、もう沢山だ。小学校の児童会の演説でも、「私が当選した暁には・・・・します。」と言う、確約を述べる。

だが、今回の皆さんの演説をお聞きしていると、何の具体的な大阪の姿が見えてこない。お願いだから、イメージだけで、政治を語らないで欲しい。最近よく、大阪は元気がなくなったと言われるが、果たしてそうだろうか?元気がないのではなく、大阪の街をなんとかしないといけないと、本気で思っている人達を、活かす場を創ろうとしないのではないのか。

本気で大阪を良くしようと思っている人達の声をもっと拾って、役立てて欲しい。私如きが言うのは、本当に憚るが、真剣に大阪の未来を考えている人達が、私の周りにも、一杯いらっしゃる。そんな人達に、具体的な政策を振る位の腹をくくれる人が現れないと、美辞麗句ばかりを並べているだけでは、大阪は、厭、世の中が沈んでしまう。

一日に90人、一年間で3万人以上の方が毎年、自ら命を断つ世の中、真冬でも、いっこも雪のかけらもちらつかない大阪のそら、子が親を親が子を平気で殺す時代、便利になればなるほど、複雑になっていく人間関係・・・こんな世の中に誰がしたかと言う犯人探しより、これから、どうしていけばいいのかという手段を考え実行していくには、それ相当の覚悟と気概と勇気が必要だ。

これからの世の中を良くも悪くもするには、私達人間が、一人ひとり当事者意識を持って、政治家や、官僚のお偉方に丸投げするのではなく、よくよく耳を傾け、目を見開き、手を携えて、次の世代の子供達に繋いでいくことが涵養だと、私は思う。

今日は少し辛口で物申させて戴いたが、知事選の立候補者の方々、有権者の皆様へ、大阪は、昔から商売人の街です。感情でなく、確実な勘定で、見通し立てられるようにしていきたいでんな。ほんまに。

          byみかん

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或る日の朝の散歩 1月11日

今日も、今日とて、次女の置き土産の愛犬を散歩に連れていこうと、朝、彼のリードを取ろうとして、或る恐ろしい事実に、私は気が付いた。「ぎょっ!彼のお食事がない!」我が家の愛犬は、とてもナイーブなお身体で、獣医さんで分けてもらうドッグフードしか食べられないのだ。

ああ、昨日の夕方長女が、袋に残っていたのをみんな食べさせてくれたのかあ。有り難い・・・・だが、朝のお食事が、ない・・・・

私は獣医さんに、すぐさま電話をして、「何時もお世話になっております。今からお食事を戴きに行きますので、宜しくお願い致します。」と、言って、愛犬を連れて、散歩に出かけた。所が、家の愛犬の散歩は、一筋縄では、いかない、おぼっちゃまで、自分が納得するまで、電信柱、ポール、縁石等など、臭いを嗅ぎ倒し、さっと片足を上げ、小用を足す。そして、大の方は、草や葉っぱや土の臭いを嗅ぐと、どうやらもようしてくるのが、彼の行動パターンらしい。

昨夜、娘が気前良く与えたお蔭で、よく出るわ出るわ。私はお散歩グッズの広告の切れ端で、彼の大を取り、スーパーバっグにそれを収める。その時リードを手から放してしまうことがあり、彼は思いっきり走るのだ。一体14年間この散歩をしていて、何故、自分が大をしたら、それを処理するのを待つと言う学習が出来ていないのか、私には理解出来ない。

そんなこんなで、やっと、獣医さんに辿り着く。すると、私は、彼の表情と身体が固くなっているのを察した。彼は、このお医者さんで、何度か彼にとっては、辛い治療を受けていたことが、フラッシュバックされたのだ。ほんなら、なんで、大した時、待ってくれへんねん?

お食事を戴いて、大枚の代金を支払う。全く、なんでこんなに高いお食事しか食べたられへんのよ。帰り道、昔、私が幼かった頃、よく遊んだ小さな川の堤の路を通って帰ると、その、土ばかりが続く路を彼は、この上もなく気に入った様子で、嬉しそうに飛び跳ねたり、草花の匂いを嗅ぎ嗅ぎ、家路に着いた。あ~しんど!

          byみかん

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おんなじ血や! 1月10日

今日は、いよいよ母の手術の日だ。朝、我が家の犬の散歩に時間と手間がかかり、必死で、病院に駆け込んだ。すると、なんと病室の階のエレベーターのドアから、飛び出ると、私の目の前に、母を乗せた、ストレッチャーが横たわっているではないか?

「嗚呼、間に合った!」私が、母の顔を覗き込むと、気丈な母は、「はよ、オーバー脱ぎや。」と、こんな、今から、自分が手術をする時にまで、私のことを気にしてくれる。そんな母に、いよいよ手術室に入る時に、思わず「お母ちゃん、がんばってな!」と大声で叫んでしまった。

同じ時間に、手術室に入られた家族の方と、二言三言、お話をして、私は、それから、心細い気持ちで、手術室の前で座って、ひたすら、待っていた。なんと言っても、母は、80歳を超えた高齢で、しかもペースメーカーをしていて、初めて全身麻酔で、手術を受ける。

しかも、立ち会ったのは、私独りだけでこれほど、心細く不安な気持ちに駆られたことは、めったとない。この試練を乗り越えれば、きっと光明が差し込んで来るに違いないと、自分に言い聞かせ、ひたすら、三時間余りの手術に、ひたすら、待って耐えた。

お蔭様で手術は、無事に終え、母の意識もしっかりとしていて、安堵した。いっぺんに疲れが出た私は、病院のベッドで、横になって休ませて戴いた。

母のベッドに在る管から、赤い血が流れているのに気が付いた。傷口から出ている余分な血が流れ出ているのだそうだ。私は、その血液の流れ出る管の赤い血をみて、自分もこの血と同じ血が流れているのだなと思うと、何故か言いようもない母への愛着の情が湧いてきて、母とおんなじ血が全身に流れて、私の現在の身体を守ってくれている様な、懐かしいような、温かい気持ちになれた。

は水よりも濃し、私の身体には、この母と全くおなじ血液が流れ出て、自分は、生かされているのだと思うと、絶対に早く元気になって、母の心の拠り所になるんだと、思わずには、いられないみかんであった

~母の入院や、手術の準備で、日々に追われて、二日間ブログをお休みさせて戴き、申し訳ございませんでした~

             byみかん

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詩人になりたい・・・1月7日

私は中原中也が大好きだ。何故すきのかはわからない。ただ、思春期の頃、何故か彼の詩のフレーズに惚れてしまったというのが、始まりだろう。中也の詩に始めて出逢ったのは、高校の時の国語の教科書に載っていた、「正午」という詩だった。

「ああ、12時のサイレンだ、サイレンだ」という言葉が妙に私の心に焼き付いて離れない。遥か昔に創った詩であるのに、その、驚く程都会的センスをもっている詩が、何故か気になっていた。

そうして、大学に入って彼の詩をむさぼり読むようになると、其処には、全く都会的センスと言うよりも、彼の故郷、山口県の湯田温泉の田園風景が、いつも詩の奥底にぴったりと貼り付いている様に思えた。中也は、何時も心の奥深くに、彼の古里を抱いていたのだ。

現代社会の、荒廃は、この様な人々の心の中に自分の生まれ育った故郷への憧憬が失われつつ在り、何か日本人の多くの人が、心の還る居場所を失ってきているからではないのだろうか?

今一度、私達は昔を回顧するというのではなく、日常の煩雑さから、何か大切な日本人の心の軸を失くしつつあるのではないかと思うのは、私だけであろうか?

大切な落し物をしてきた私達が、今一度立ち止まり、考えてみる時が来たのだと思う。

中原中也の詩を愛する私が、言いたいことは、どんなに故郷を離れても、自分の還る場所を常に、心の魂に仕舞い込むことの出来る詩人だからこそ、彼の詩を心から愛する自分が居るのではなかろうかと、考える今日この頃である。

           byみかん

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今・ここ・自分  1月6日

何時もの様に、買い物に行く途中、何時ものお寺の前に書かれているホワイトボードの言葉を見た。過去でもない、未来でもない、今、何処でもない、ここに、家族でもない、友達でもない、自分・・・・この掛け替えのない自分の存在の在り難さを最近、とみに感じられるようになった。決して自分ひとりだけが、大切なのではなく。私と云う人間が、この世に存在していることの意味を、やっと理解出来てきたからであろうか?

今の時代に、こんな人間が居るということは、どういうことなのか?それは、自分にしか出来ない役割が在るからであろう。-紙芝居ーこの、とてつもない凄い文化の存在を知ってしまった自分が、人は笑うかもしれないが、最初はとても嬉しかった。だが、今は物凄く責任みたいなものを感じるようになってきた。たかが紙芝居されど、紙芝居。紙芝居を侮ることなく、今、平成の世の中に、ここ、大阪の下町に、自分のライフワークとして、ずっと続けていきたい。伝えていきたい。心豊かな人間性を育んでいきたい。たいこさん?!

家庭も在る。仕事も在る。年老いた犬も居る。母が入院する。娘が風邪で寝込んでいる。夫は、音沙汰なしのことが多い。結局は、自分を信じることしかないじゃありませんか?百パーセントを目指さず、半分出来れば御の字、六割、七割出来れば、よくやった!八割出来れば、自分に花丸あげよう。自分の値打ちは自分で決めればいい。人にどう思われたって、その人が、めんどうを全部みてくれる訳じゃなし、今は、掛け替えのない自分の両親を、生きていて良かったと思ってもらうことが、私の喜びだ。どうか、母の手術が成功しますように・・・

             byみかん

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幾つになっても親心 1月5日」

長女が、風邪をひいた様で、朝からしんどそうであった。病院も休みなので、とにかく栄養を摂らないといけないと思い、おじやうどんを作り、食べさせた。しかし、昼から、ますます、具合が悪くなる一方で、夜、鍋焼きうどんが食べたいと言うので、買いに走り、また、風邪のアンプルを飲みたいと言うので、正月明けの夜の街を、開いている薬局を探しもとめて、買いに走った。

母親と言う者は、何もしてやれないけれど、なんとかしたいと動き回ることで、自分が、少しでも、それで我が子が楽になれればと想い、走り回る者なのであろう。今も、深夜の一時を回っているが、彼女の苦しそうな様子をみると、とても休む気になれない。

明日の朝一番に休日の診療所に連れて行ってやろう。そう思って少し安心して、寝床につこうと思っているみかんであった。幾つになっても、親という者は、子供のことを案じてしまうものなのだ。これは、順送りなのだと思う。私が、母にしてもらったことを娘にしてやることで、少しでも、心のバランスが保つことが出来れば、本望だ

子供をかわいいと思わない親は、何処にも居ないと、わたしは、信じている。たかが、風邪くらいでと、大げさに思われるかもしれないが、風邪をひいて辛い症状なのにも拘わらず、明日、お店に絶対に出るという、娘の健気な気持ちが、わたしは、不憫で堪らない。

しんどかったら、休んだらいいんよ。どうしても出る人がおらんかったら、お母さんがでるからね。本当に何時もお店のことを第一に考えてくれて、ありがとう。

             byみかん

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Shigeさんへ

温かいコメントを戴き、本当にありがとうございます。これからも、紙芝居の普及に尽力を注いでいきたいと想います。どうか、今後共宜しくお願い申し上げます。また、良い企画がございましたら、お声をお掛けくださいませ。お待ち致しております。(みかん)

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一月のみかんの予定です

    *1月6日(日)  午後2時~3時   新春おたのしみ紙芝居大会 

                          お楽しみボックス今川モール(近鉄南大阪線

                                  今川駅前スーパーサンエー2F)

    *1月13日(日) 午後2時~4時   紙芝居入門教室 大阪市立総合生涯学習センター(第4会議室) 第5回「紙芝居を楽しむ秘伝を伝授」

    *1月17日(水) 午後2時~2時半  子育てサークルプーさんクラブ(平野区)

    *1月20日(日) 午後1時半~4時  「紙芝居大好きオブまなび・おおさか」学習会

                           住吉人権文化センター4F研修室 

    *1月23日(水) 午前11時~11時半 田辺会館親子サロン(東住吉区田辺)

    *1月24日(木) 午後4時~4時半   マザーズドリーム紙芝居定例会(田辺)

    *1月27日(日) 午後1時~3時   「紙芝居だよ全員集合」(お楽しみ劇場)

                          大阪市立平野図書館二階多目的室

*今月の全興寺さんの街頭紙芝居はお休みさせて戴きます。尚、同寺の紙芝居は、何時もどうり、午後2時と3時に行なわれます。

以上、全ての紙芝居の予定のお問い合わせ先は、06-6621-2467 山口迄お願い致します。また、紙芝居の講座の企画や、口演会につきましては、大阪市生涯学習インストラクター人材バンクを通じて、お話をお伺いしご相談させて戴きます。お気軽にお申し出くださいませ。事務局電話番号 TEL 06-6345-5004

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今年のみかんのご挨拶1月4日

何時も青空視観の紙芝居と、ブログをご愛顧戴き、誠にありがとうございます。お蔭様で、当初の私の目標であった、紙芝居を文化として位置づけ、皆様に喜んで戴くことで、紙芝居を通じて、心豊かな人間性を育み、また、紙芝居の持つ大きな独自性、共感の心を育んで、この息苦しくなってきた、現代社会をなんとか明るくする為に、一石を投じるべく、自分なりに活動を行なわせて戴いてきました。

今年は、更なる紙芝居の飛躍の年にするべく、紙芝居を演じる仲間のネットワークを構築していき、私個人では、出来ないことでも、仲間の方々の絆を紙芝居を演じたり、学んでいくことで、大阪に紙芝居の花を咲かせていきたいと想っております。また、今までは、紙芝居教室を、市内の学習センター等をお借りしてさせて頂いておりましたが、日にちや時間が、統一出来ず、受講生の方々にご迷惑をおかけいたしました。そこで、今年の4月から、紙芝居の拠点を、私の住まいする地域である、大阪市東住吉区の田辺にございます、「すずき住建田辺スタジオ」をお借りして、月に二回程度、紙芝居教室をさせて戴く予定です。私の紙芝居普及運動にご理解戴きました、(株)すずき住建、取締役の鈴木宏昌様の御厚意で、実現することができました。本当にありがとうございます。教室開講に先立ちまして、3月16日(日)の午後1時半から、今来てくださっている、紙芝居教室の生徒さんを中心とした、紙芝居の発表会を行います。詳しいいことは、また、後日お知らせさせていただきます。

どうか皆様、何卒これからも紙芝居の勉強に精進し、研讃していく所存ですので、どうか、青空視観の紙芝居を宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます!

          byみかん

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お蔭様で2周年経ちました。1/3 

このブログを始めさせて戴いてから、早いもので、二年の月日が経ちました。最初は、全くパソコンを扱えなかった私に代わって、YUI企画の山田重昭さんに、毎日携帯で、メールを送り、それを打ち込んでくださっていました。山田さん、本当にお世話になり、ありがとうございます。このブログも、山田さんが、文章を打ち込めばいいように、立ち上げてくださいました。心から感謝申し上げます。

また、このような拙い文章の作文だけのブログを、ずっと、開いて見て下さる方々が、おられたお蔭で、なんとか続けさせて戴くことが出来ました。これからも、このブログを、紙芝居の情報や、私の毎日のつまらない雑感を綴っていきたいと想います。

また、皆様もこのブログを御覧になって、思ったこと、感じたこと、ご意見等々を書き込みして戴けたら、嬉しいです。どうか、今年も「青空みかんの一日一言」を宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます

          byみかん

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福袋は人間の欲望の集結?1/2

夜、テレビのニュースで、デパートの袋売り場の模様を報道していた。朝早くから、デパートの周りを群集がとぐろを巻くように、列を作って並んでいた。そして、開店と共に、まるで、雪崩れの様に人々が、福袋売り場に殺到する。私は、その光景を観て、まるで鳩が豆鉄砲をくらった様に、呆気に取られていた。

一人の女の人が、インタビューに「30万円で150万円得しちゃったわ!」と答えていた。一緒にテレビを観ていた、娘のだんなさんと、「30万円も有ったら、海外旅行できるなあ」と、話していた。最近の福袋は、中身が見えるものや、自分の欲しい物を選択できるようになったと聞く。それにしても、その人の自由と勝手ではあるが、今年の運試しにしては、30万円も、福袋を購入するのは、あまりにも凄まじい気がしてならない。

これは、福袋を購入しない者のひがみかもしれないが、みんなが買うから自分も買わなければならないという、日本人の一番悪い側面を見透かした様な気になったのは、私だけであろうか?自分の考えがなく、流されると本質が見えなくなる。

そんな、真面目腐ったことをあれこれと考えていたら、「ただいま!」と言って、長女が、大きな福袋を提げて、帰って来た!「嗚呼娘よ!おまえもか?!」と、嘆いているわたしの顔を尻目に「今年のは、中身が全部はずれてへん、むっちゃお得やわ。」と喜びながら、自分が持っているのと全く同じ色のダウンのコートを満足そうに、試着していた。

おんなじコート二つも有ってもしゃあないやろが・・・・と、ため息をつきながら、いちご大福を口にほお張るみかんであった。

            byみかん

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みかんの今年の抱負 1月1日

新年明けましておめでとうございます。今年が皆様にとって、幸多き、心豊かな幸せな年になりますように、心より願っております。

さて、一年の計は、元旦に有りと申しますれば、この、みかんも今年の目標を定め、精進して参りたいと、思います。

1、紙芝居の拠点を一ヶ所にして、そこから、紙芝居の情報を発信していく。

2、紙芝居のネットワーク造りに尽力を注ぎ、大阪の街を紙芝居で元気な街にする。

3、紙芝居を日本で生まれた素晴らしい文化として、これからも素晴らしい作品を出来るだけ多くの方々に観て戴き、生きる希望と活力を持っていただけることに、専念していく。

           2008年1月1日   青空視

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今年最後のご挨拶 12月31日

今年一年、あいも変わらず、私、青空視観(みかん)のブログを御覧戴き、誠にありがとうございます。お蔭様で、このブログをアクセスしてくださる方が、少しずつ増え、私も拙い文章では、ございますが、毎日精一杯無い頭をひねりながら、皆様にほんの少しでも、紙芝居の素晴らしさや、演じ手である、私の人となりを知って戴くことが出来たら、幸いでございます。

来年は、更に皆様に紙芝居の知っている限りの情報や、何故今、紙芝居を普及していこうとさせて戴いているのか等、いろいろとこのブログで発信することが出来れば、幸いでございます。また、皆様の私に対するご意見や感じたことを、忌憚なく書き込みをして下さることを願っております。どうか、2008年も、青空視観のブログを、紙芝居共々、宜しくお願い申し上げます。

最後になりましたが、新しい年が、皆様にとって、幸せで、満ちたりた年になることを、心より願っております。いついつまでも、ご多幸とご健勝有れ!ありがとうございます!

         2007年12月31日(月) 青空視観

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