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2007年12月

紙芝居大造じいさんとガン12/30

私が一番大切にしている紙芝居がある。それは、B5位の大きさの紙に、色鉛筆で描かれた、「大造じいさんとがん」と言う、手作りの紙芝居だ。作者は、山口典子、小学五年一組。まだ、一度も人様の前で演じさせてもらったことはないし、むしろ、私の大切な紙芝居の宝物だ。どんな貴重な紙芝居よりも、大切にずっと私の紙芝居を続けていく上での支えとなっている。

私が、落ち込んだ時や、精神的に参った時に、その紙芝居を取り出してきて、決して上手とは、言えないが、一画面、一画面に描かれた絵は、まるで純粋無垢なタッチで、裏に書かれている言葉も、紙芝居に相応し言葉ではないけれど、多分教科書に書かれている文章を、一言一句間違わないで、正確に写したのであろう。これだけの文字を写すのには、それなりに努力したのに違いない。

世間には、色々な紙芝居が数多あるけれど、私にとっては、世界でたった一つしかない紙芝居である。いつか、彼女が結婚して、子供が生まれたら、この紙芝居を「貴方のお母さんが、小学生の時に創ったかみしばいだよ。」と言って、孫達に観てもらうのが、私の密かな夢である。

             byみかん

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母ちゃん幸せにしまっせ!12/29

晩御飯の後、何時も元気で気丈な母と、ふとしたことから、母の人生一代記の話になった。何時もは、病気の話と父の心配ばかりしている、苦労性の母であるが、何故か今日は、母の「女の一生」で、延々と2時間以上話しこんだ。

私の母は、若い頃から物凄く苦労しているみたいで、生い立ちから現代に至るまで、彼女が、本当に心の底から幸福だと感じる暇が、殆どなかったのではないかと思う位、数奇な運命の下に生まれて来たような人生だ。

母は、決して裕福な家ではなかったが、それなりの生業が為されていた酒屋の家に、生まれて間もなく、在る処から、養女に貰われて来て、本当の親の愛情を受けて育っていくことが出来なかった。私は、その点非常に恵まれていて、父母の愛情を一身に受けて育てて貰ったので、本当に有り難いと思った。

話を元に戻すが、彼女は、その厳しい養父と養母に育てられ、商売人の娘として、成長ししていったが、勉学の道を目指し、戦争中に女学校に通っていたので、満足に学べなかったということで、卒業して、就職してから、夜学の高校に通い、苦学して学んだそうだ。その頃に、どうやら演劇に魅せられて、芝居の活動をしていたと言う。昼間は、銀行で働き、夜は、夜学に通い、その合間に演劇の活動をしていた彼女は、本当にバイタリティー溢れる女性であったようだ。

そんな充実した青春時代をすごしていた、束の間の日々が彼女の人生で最も輝いていた時代だったのかもしれない。やがて、彼女は、平凡なお見合い結婚をして、或る男性と、家庭をもち、女の子を一人授かる。しかし、その結婚相手の男性と養父との反りが合わず、一家は、貧乏のどん底生活をしたそうだ。トイレもない家に住み、庭に壷を埋めて、用を足していたと聴く。

そんな、極貧生活にも終わりをつげ、養父と和解して、これから幸せな家庭生活を送れることになった矢先に、その男性は、母と幼い女の子を残して、不慮の自転車事故で亡くなった。母は、僅か26歳にして、未亡人になってしまったのだ。

このブログを書き込みながら、私はこんな母の人生を赤裸々に公開して良いのか、少し父と結婚した母は、身を裂かれるような気持ちであったのではなかろうか?迷った。だが、私は、何故このようなことを綴るかと言うと、私の生は、この男性の死に因って、齎されたものであり、決して、偶然なのではないということが、言いたかった。

この後、母は私の父と出逢い、結婚して、私が誕生するのであるが、私の父親違いの姉の、犠牲に依って私は父母の愛情を一人で、一身に受けて育てられたという境遇を考えると、姉には本当にすまない気持ちで一杯である。また、幼い姉を実家に残して、沢山の兄弟姉妹の居る長男である

死ぬほど好き合った、父母が晴れて結婚出来て待っていたのは、どん底の貧乏生活であった。定職を持たない父に代わって、不況の時代に飲食業界の仕事をして、昔培った、家業の商売人魂が、この時役立ったのか、母が売りに歩いた、アイスクリームは、飛ぶように売れたそうだ。そうこうしている内に、私が、母のお腹に宿り、仕事を辞めざるをえなくなった。

私が生まれても、ずっと貧乏生活は続き、母は、封筒貼りから、貸本屋、そして、やっぱり、酒屋の行商を父と始めて、家族を食べさせていく手段とした。

だから、私は学校から帰っても、母は居なかった、代わりに祖母が、私を迎えてくれた。こんな年末などは、夜の11時頃になっても、まだ帰宅せず、紅白歌合戦が終わり、除夜の鐘が鳴る頃に、やっと父と一緒に、疲れ果てた顔で帰宅する。

お正月は、朝、私にせがまれて、着物を着せてくれると、すぐに布団に入って、眠って元しまう。私は、父と母が起きるまで、着物をきたまま、初詣に行くのを待っているという、旦が、お店を持つまで、凡そ10年余り続いた。

私が高校に入学する年に、やっと念願の、間口一軒位の小さなお店を持つことが出来た。そして、そのお店で母は、まるで猛虎(母は寅年)の様に、自転車で近所の団地や、マンションを回り、お得意先を獲得した。やっぱり彼女には、持って生まれた商才というものが有ったのだろう。お得意先は、みるみる増えて、その数は数百件にも及んだ。当時、高校生だった私も、年末は、毎年ずっと配達の手伝いをするのが、慣例になっていた。(配達は店を構えるまえからだから、冬休みは何時も配達するのが当たり前であった。)勿論、アルバイト代なんて、貰うこと等なく、子供が家業を手伝うのは、当たり前だという、父の考えで、私は、お年玉を貰うのと、大晦日にお正月に飲むジュースを貰うのを楽しみに、家業を手伝った。

母の商才と父の真面目な仕事ぶりのお蔭で、私は、お店がなかったら、到底大学には進学させてもらえなかったであろう。そんな忙しい母であったのにも拘わらず、父が長男であると云うことで、働きながら、祖母の入退院に、いつも付き添い、祖母が自宅に帰れば帰ったで、母が全面的に世話をしなければならない。本当に母は、働く為に生まれてきたような人だ。

私が今の夫と結婚して、孫も出来、やっと落ち着いたと思ったら、夫が、会社を辞めて家の家業を継ぐと言いだし、当時郊外に住んでいて、幼い子供達の子育てをしていた私の代わりに、店に来る夫の昼食やおやつの世話を商売をしながら、用意するのに、気の休まる時がなかったであろう。そして、あろうことか、今の実家に一緒に住むと言い出し、また、母が夫に気を遣うシチュエーションが、日常になり、そして、また、あろうことか、夫が、父と母が一生懸命、老後の備えにと考えていてお金で、コンビニエンスストアーをすると言い出すではないか?全く持って、この台風の目の様な彼の存在で、父母と私の人生は、大きく翻弄されてしまったのである。

母は言う。「私は望まれて生まれて来た者でないから、こんな数奇な人生を辿らなければならなかった。」私は、即座に否定した。「そんなことはないよ!お母ちゃんが生まれてなかったら、今、私はここに存在してへんかってんから、これからは、お母ちゃんに幸せになってもらえる様に、私は親孝行させてもらうから、楽しい人生を送ろう!」と、言った。

母は、「そうやなあ、そうやなあ、」と、言って涙を拭った。人間の一生は、神様が運命を決めたのかもしれないけれど、その決められた運命を、どの様に受け止めて、捉えるかは、その人の生きてきた心の在り方であると、私は思う。「幸せはもれなくもらえる」そんな人生を母に、一度でも味わってもらいたいと、何時になく生真面目なみかんであった

             byみかん

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椿三十郎の面白い!12月27日

母が昔観た映画で、「椿三十郎」は実に面白いと言うので、水曜日のレディースデイの日、観に行ってきた。私は本当に単純な性格なので、色々ストレスが溜まり、年の瀬も押しせまって来て、本当は映画なんて、呑気に観ている場合ではないと、少し後ろめたく感じながら、しかし、しっかりと、織田裕二の紛する、椿三十郎を観させてもらった。

母の言う通り、文句抜きにして、本当に面白かった。何が面白いって、織田裕二の演技も然ることながら、私が一番母に話して、二人で笑った場面は、敵方の人質になった侍の役をした人の演技であった。人質であり、押入れに監禁されている身(しかし、出入りは自由に出来る所がみそ)でありながら、椿三十郎が、見方になっている、九人の血気溢れる若侍達に、藩の悪い家老の手下でありながら、若い彼らの逸る気持ちを、押入れの中で聞いていて、監禁?されている押入れの外へいきなり飛び出して来て、彼らの動向を客観的に忠告する。そして、また、なんでもなかった様に、押入れに自分から入っていくという、アンバランスでしかも奇妙な行動が、このシリアスな時代劇の笑山になっているのだ。

もう一つ、面白いと云う言葉で、話をさせてもらうと、織田裕二が紛する、椿三十郎が、たった一人で、何十何百という敵に囲まれて、戦う前に、「おもしろい!」と言う台詞を吐く。私は、以前何かの本で、これと同じようなことを書かれた内容をおもいだした。どう考えても、大勢に一人立ち向かっていかなければなならない、窮地に立たされた時に、この、「おおもしろい!」と言うシチュエーションは、一体何処から湧いて出てくるのだろうか?

おそらく、到底勝ち目はないであろう状況では、あるが、自分自身を奮い立たせ、自らの気持ちを鼓舞させることを図ろうとして、この言葉が発せられるのであろう。決して、自分に叱咤激励するということではなく、凡そ誰が考えたって、到底勝ち目がない状況で、俺は、必ず勝つと言う自信を、自分自身で再確認する作業をして、敵に立ち向かっていく準備だったのかもしれない。

だから、「椿三十郎」の映画は、三度面白いを味わえる。織田裕二の荒唐無稽な浪人のずば抜けた演技と、次々と敵を倒していく彼の圧巻と、人質になった脇役の役者さんの笑山のひょうひょうとした演技。この三本柱で、昔の黒沢明監督の「椿三十郎」と、是非見比べてみたいと思ったみかんであった。

           byみかん

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昭和の心よ再び!12月26日

先日、平野の全興寺さんでプロの街頭紙芝居師でおられる、鈴木常勝さんが、「したきりすずめ」の現代バージョン版の紙芝居をされた。元々のおはなしだと、おばあさんが、大きなつづらを開けて、お化けが一杯出てきて、腰を抜かしてお終いになるのだが、鈴木さんのは、それから続きが有って、どうなるかと云うと、舌きりすずめの所へ、おばあさんが、再びやって来て、すずめから宝の入ったつづらをもらってきて、おじいさんもおばあさんも、二人共大金持ちになる。

そこで、鈴木さんが子供達に聞いた。「みんな、この二人はお金持ちになって、本当に幸せになったと思うか?なんかモノ足れへんみたいやと思うけど、何が足りないと思う?」すると、一人の高学年の男の子が、すかさず、「こころ!」と叫んだ。

私は、なんと小学生にして、この鋭い洞察力の凄さにびっくりしたと同時に、そうなんや、うちらが、あの頃の年齢の時なんて、遊ぶことと、マンガを読むことぐらいしか、考えてなかったのに、今の子供達は、そんなことまで、心を思い馳せないといけないなんて、本当に大変な時代になってきたんやなあと、少し悲しくなった。

せめて、週末は、ここ全興寺さんのおも路地で、思いっきり遊んではしゃぎ、そんな人間関係の大変さから開放されて、第四日曜日の2時と3時には、紙芝居を観て、おもしろおかしく過ごして、昭和の時代にタイムスリップして、本物の童心に還ったらいいんやよ。

ここは、みんなが心から自由になり、パソコンや携帯もなければ、テレビゲームもない、体と心を心底開放出来、しかも自分は決して独りじゃないと、実感出来る居場所やさかい、好きなだけ遊びや。うちらが子供やった時代は、みんなこうして、大きい子も小さい子も入り混じって、路地裏を走り回って遊んでいたんよ。そんでもって、近所のおっちやんや、おばちゃんに、時には遊んでもろたり、お菓子をもろたり、悪いことをしたら叱られることもあったけど、すぐに忘れて、また、ボールなんかを塀の中に入れてしもうて、誰が取りにいくのか、じゃんけんなんかをして決めたなあ。一人で取りに行くのは、勇気がいったから、2,3人かたまって、「すいません。ボールが入ったから取らせてください。」と言って、おんなじ家に、何回も取りに行ったけど、厭な顔一つせんと、取らせてくれはった。

あのころは、みんな気持ちに余裕があったのやねえ。今の時代に一番必要なのは、気持ちの余裕と、ゆっくりとしたリズムで、過ごす環境かもしれんと思う。時代が、あまりにも便利になり、色々な情報が錯綜して、それを瞬時に取捨選択せんといかん時代やさかい、大人も子供も大変なんよ。こんな時代やからこそ、今一度、本当に大切なことは何かと云うことを、私達は考えることが必要になってきたのやと思う。それが何かと云うことが、過ぎ去った昭和の時代の心の中にヒントが隠されているのだと、私は思うのだが、如何なものであろうか?

           byみかん

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絵姿女房  12月25日

は何時も、塾で国語の授業をさせて戴く時、一番最後に子供達に本を一冊読むことにしている。今日は、昔話の「絵姿女房」と云うお話を読ませてもらった。

昔、実直な若者が、大変美しい女と結婚した。その女房の顔が、あまりにも美貌なので、若者は、女房の顔をずっと見ていたかったので、畑に出て働かなくなってしまい、家に居続けてしまった。困った女房は、鏡に自分の顔を映しながら、自分の顔を描いた絵姿を、若者に渡して、これを持って畑で働くといいと言った。正直者の若者は、毎日その絵姿を持って、畑で働いた。

所がある日、強い風が吹いてきて、その絵姿が風に飛ばされ、なんと、お殿様の手元に届いてしまった。お殿様は、その絵姿のあまりの美しさに見惚れてしまい、その女房を家来に言いつけて、国中を探し出させて、見つけるとお城に連れて行こうとした。

その女房は、連れて行かれる時に「栗の実がたくさんなったら、お城に売りに来てください」と言い残して、お城に連れていかれた。お城では、女房は、一度も笑わなかった。どんな芸当を見せても笑わないので、困り果てている時に、あの若者が、栗を売りにやって来た。その売り子の口上の声を聴いて、女房が、初めて笑ったので、お殿様は、若者をお城に、招き栗売りの口上を言わせた。すると、女房があまりおかしそうに笑うので、殿様は、自分の着物と若者の着物をを取替えさせ、殿様が、栗売りになり、そのままお城の門を出。。てしまい、二度とお城に戻ることが出来ず、女房と殿様の着物を着た若者が、二人でいつまでもお城で幸せに暮らした。めでたしめでたし・・・と云うお話だ。

私はこの話を子供達に聴かせて、昔の人の知恵を知ってもらいたいと、想っていたのだが、読み終わった後、お話を聴いていた、小学校2年生の男の子が、一言、「人の者を欲しがるから、お城から追い出されんやなあ。」と、ぽつりと言ってくれたことが、とても心に残った。成程、彼の言う通りだ。子供さんの持つ感性は、私達大人が持っている物よりも、遥かに的を得て、しかも、真っ直ぐだ。

これからも、この本のお話の時間を出来るだけ長く続けていって、私は、何も言わず、受け止める子供さん達の気持ちを大切に育んでいき、時には、子供さんに教えられることが、多々在るだろうと、想うみかんであった。

          byみかん

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メリークリスマス!12月24日

きよしこの夜

星は光り 救いの御子は

御母の胸に

眠りたもう

夢やすく・・・

全ての人が、今日のこの聖夜を心安らかに過ごされることを祈ります。

いかに時代が、進化しようとも、どんなに、物質的に恵まれた世の中になろうとも、

私は、想う。心が平安で豊かで希望が持てる世で在りたいと・・・

誰一人として、悲しみ、憂い、世を儚んだり、孤独に苛まされないで、せめて、今宵一夜は、安らぎの時を過ごせることのできる、クリスマスイブで在って欲しいと願っては止まないみかんである

           byみかん

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明日は全興寺紙芝居の日です

明日、12月23日(日)は、今年最後の、平野区に在る、全興寺(せんこうじ)さんの、紙芝居の日です。年の瀬のお忙しい時期ではございますが、宜しければ、紙芝居を観にお越し下さいませ。

      午後2時と3時~

      地下鉄谷町線「平野」駅下車 徒歩15分位

      平野商店街から行くと、大きな「招福」とかいてある提灯がぶら下がっています。

      その下の右手に、お寺の入り口があります。雨の時は、境内の奥の、屋根のあ

      る「おもろじ」で実演します。皆様のお越しを心より、お待ちいたしております。

                             青空視観  

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久しく雨の日は・・・12月22日

朝から、雨が降っていた。冬の曇天から、止め処もなく降る雨に、私は、今日の予定を考えた。やらなければならない用事は山程在る。だが、なにからして良いのか、全く判らず、手を付けることが出来なかった。

こんな時は、斉藤一人さんの言葉を思い起こし、「正しいことよりも、楽しいことをやろう。」そう考えた私は、子育てカフェに勤める予定だと言っていいた、Hさんに気になっていたので、電話した。彼女曰く、「山口さん、今日なんか予定在る?」むむ、やっぱり私の予感は、当たった。こんな雨の日に、家で所要をするのも、気が滅入り、捗らないと思い、「大丈夫やよ!」と応えると、「この前オープンした、西成のゲストハウスに、話し方の先生が来られるから、行けへん?」と、おっしゃって下さった。

よっしゃ!その話に乗った。これから色々な方々に、紙芝居のことをお伝えさせて戴くのに、これは、私に与えられたチャンスやと思い、こんな雨の日やけど、行くだけの価値は有るし、そのゲストハウスは、普通の民家を改造して、みんなの居場所として、これから活動していかれる、まさに私と同じ夢を実現された方の処だ。こんな楽しいことはない。

私は、降りしきる雨の中を、足早に駆け、自分でも驚くほど早く、その場所に着いた。「なんか、やったらできるやん。溜まってた用事も帰ったら、いっぺんにできそ~!」全く自分勝手な性分だと、自分でもあきれたが、其処で、たくさんの方々と出逢わせて戴き、話し方の先生も、とても明るい、気さくな先生で、しかもさすがは、話し方の先生だけあって、人の心を曳き付ける様な話術で、私達に説明をして下さり、とても勉強になった。机の前で勉強するのも、大切やけど、人様と話をして、また、人様の話を聴く、この生の人間と人間の触れ合いを、私は、人生勉強と言っている

コミュニケーション程難しいものはない。「話すことは、人を機敏にする。」と以前、どなたからか、教えて戴いた。人間は、話してなんぼ。話さなければ判らない。KYも時と場合は、必要やけど、言語を司どる動物は、人間だけだ。何が言いたいとかと言うと、私の様な、言葉を扱わせて戴いている者にとっては、出来るだけ思っていることは、相手の心を傷めない様に、声に発し、また、相手が何を言わんとしているか、全身全霊で聴くことを、人間の文化として残していくことが、これからの私達人間の未来が明るくなる、大切なことであると想うのだ。言い換えれば、コミュニケーション能力を維持し次の時代の人々に伝えていくことが、今、最も重要な私達の課題であり、せなあかんことやとおもとります。楽しいことをするには、責任も必要なんかなああ?だから、続けられるし、ひろがっていくのでしょうね。地道やけど、ぼちぼち生きましょ。ご一緒に!

         byみかん

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紙芝居を伝えるということ12/20

お蔭さまで、紙芝居の普及活動をさせて戴き、早、幾年か経ち、まだまだ駆け出しで、拙い紙芝居ではございますが、皆様にようやく喜んで戴ける紙芝居を選択し、演じさせて戴く機会も、少しずつではございますが、お声をかけて戴く様な機会を頂戴する機会も、時には、ごさいまして、本当に心から有り難い気持ちで一杯です。

今日も、或る雑誌の記者の方に取材などと言う、おこがましい事を依頼して頂き、正直、物凄いプレッシャーを抱きました。しかし、私は紙芝居を日本で生まれた、独自の素晴らしい文化で在るということを、皆様にお伝えさせて戴くことが、自分の生きていく上での使命といっては、大層なので、「役割」と、自分では申しております。

この時代に生まれて来て、今、私の生きている時代が、段々生きにくくなって来て、世の中が、世知辛く、疲弊して、特に子供さんが、心を痛めたり、将来に夢がもてなくなったり、孤立感を抱き、傷ついていくのが、堪らなく辛いのです。何故こんな気持ちになるのかは、自分でも判りません。理屈じゃなくて、私の産まれ持った感性が、恐らくその様な気持ちと、行動を駆り立てるのでしょう

紙芝居を出来るだけ多くの方々にお伝えさせて戴くことで、紙芝居の持つ、自分は、決して、独りではない。みんなと一緒の空間で、楽しむことが出来る。そして、生きていくことは、大変で辛いことが一杯在り、自分の思いどうりにならないことが多いけど、それでもやっぱり、生きてるってすてきなことだ、まんざらわるいことばかりではないんだなあと、感じてもらえる子供さんや、大人の方が、紙芝居を観ることで、少しでも実感して戴けたら、本当に嬉しいです。

いつも飽きもせず、このブログを御覧になってくださっている方々に、心から感謝申し上げます。誠にありがとうございます!

        byみかん

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顔晴る長女その2 12月19日

親ばかだと思って、読み捨ててくださいませ。先日も、このブログでお話させて戴きましたが、長女の就職が、正式に決まりました。自分から、医療事務の勉強がしたいと言って、高校生の時は、あんなに勉強嫌いだった彼女が、自分で学費を出して、家業の手伝いをしながら、夜遅く迄勉強をしていた努力が、報われました。

先日、採用して戴いた病院に面接に行って、帰って来た彼女の浮かない顔を見て、どうしたのかと尋ねると、「自分は、こんな大きな病院で、仕事をしていく自信がない」と、弱気になって、返事をするのが恐いと言うので、何時もは、頼りないおかんの私でしたが、この時ばかりは、一言、親として忠告させてもらいました。「初めから、仕事が優れてできる人なんて、殆ど居ない。また、そんな人程、慣れてくると手を抜いて、大きなミスをすることが、多い。お母さんみたいに、不器用な人間は、それだけ一生懸命努力する。それでも失敗ばかりするけど、大切なのは、同じ失敗を繰り返さないことと、失敗したら、自分で判断しないで、必ず上司の人に報告して、どうしたらいいのか、その次の事を考えなさい。今、あんたが、断ったら、自分ひとりの問題ではなくて、その病院を紹介して下さった学校に迷惑がかかり、其処の生徒さんがみんな、就職出来なくなるよ。」これだけ言って、私は、「後は、あんたの人生やから、どうするかは自分で決めなさい。」と言って、二階に上がって、ひっくり返って、うつらうつらしていたら、長女が、部屋の扉を開けて、電話をしたと、報告して、私は、やれやれと思った。

いくつになっても、子供のことが、心配で干渉してはいけないと思うけれど、せめて、人生の岐路に立って、迷った時は、道標の役割をしてあげたいと想うのが、親心と言うものであろうか?呑気な親ではあるが、これからが、彼女の本当の試練の始まりかもしれないが、温かく見守っていきたいと想うみかんであった。

          byみかん

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拍手喝采 12月18日

今日も朝から、或る小学校にお話会をさせて戴きに行った。学年は、六年生であった。

今回は、私は紙芝居ではなく、絵本を読ませていただくことになっていて、それも、プログラムの一番最初で、果たしてみんな聴いてもらえるのか、とても、なやんだ。だから、尚一層努力して、練習をした。

そして、遂にその時がやってきたのだ。担任の先生が挨拶に来られて、「大変騒がしいと思いますが・・・」と、予告して来られた。私は、これは一筋縄では、いかないなあと思ったが、自分に与えられた役割は、子供さん達にお話を届けることではあって、静かに聞かすことではない。聞く子は、必ず聞いてくれる。そう信じて、最後の待ち時間まで、一人でも多くの子供さんに聴いてもらえるように、練習をした。

チャイムが鳴り、部屋に4,5人の男子が、ころげる様に走る込んで入ってきた。そして、部屋の中で暴れ回っていた。成程、フムフム、やっぱしそうか。それから、五月雨式に、児童が、お話をする部屋に入り、先生が、並べとおっしゃっても、座り込んでいる。

私は、ようく見ていると、騒いでいるのは、大方男子の方で、女子は、とても落ち着いている。やっぱり、一部の子供さんの集団が、どうも手がかかるので、大変なんだと思った。

兎に角、始まりの挨拶もそこそこに、私の出番の時がやって来た。わたしは、絵本を後ろに隠して、大きな声で、「みんなは、猫は好き?おばちゃんの家では、犬を飼っているけど、動物も人間も、一回死んだら、ゲームみたいに生き返られ変よね。今から読む本は、百万回も生きたねこのお話です。さあ、どんなお話でしょう?早速読みます!」と言って、佐野洋子さんの「百万回生きたねこ」の本のぺーじをめくった。

とにかく、きばるのでもなく、大声をあげるのでもなく、お腹の底から声を出して、子供達に聴いてもらいたい、このねこの生き様をみんなに、理解は出来なくてもいいから、声のよう届くおばちゃんが、ぼくら、うちらの為になんかしらんけど、一生懸命読んでくれているなと、大人になった時に、心の隅に覚えててくれたらいいと想いながらただ、無心に読んだ。

校長先生もこられているようだ。だが、そのせいかどうかは、判らないが、子供達は確かに、私の読んでいるのを聴いてくれているのを実感できた。そして、最後まで読んで、表の絵に返して、「おしまい!」と言ったら、なんと、拍手をしてもらえた。わたしは、まさか拍手なんてしてもらえるとは、思いもよらず、本当に嬉しかった。「顔晴って練習した甲斐があったなあ。」と、自分で自分を誉めてやった。

同じグループの他の二人の方々も、みんなそれぞれ、自分の持ち味を活かされて、お話を読まれて、私は、このお話会は、大成功だったと思う。

みんな、ありがとう!これから色々なことが、生きていく上で在ると思うけど、辛い時や苦しい時は、あの時、みんなでお話をきいたなあと、思い出してな。そしたら、自分は、決して独りじゃないと感じて、元気が湧いてくるかもしれへんよ!温かい拍手を一杯してくれて、本当にありがとう。これからも、ずっと、小学校で、お話会をさせてもらうからね!

            byみかん

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生きる喜び 12月17日

最近の世の中はおかしいと、誰もが思っているのではないだろうか?

新聞を広げれば、むごい殺人事件、自殺、いじめ、引きこもり、虐待、年金、保険金の使い道の不明確性、贈賄収賄のワンセット、外国では、テロ、地球温暖化現象、自然破壊、等など・・・・

将来に夢が持てない若者が増え、最近では、働きたくとも働けない若者が、一杯居ると言う。昨夜、NHKの番組で、ワーキングプアの特集があった。これは、日本に限らず、所謂、先進国と言われている、アメリカやイギリス等は、もっとこの現象が顕著で甚だしいそうだ。

と言うことは、日本の国は、そういった国々の後に続いて、益々ひどくなるのであろうか?

一人の若者に、テレビ局の記者が、こんな質問を彼に投げかけた。「生まれて来なかった方が良かったと思いますか?」と・・・・彼はその質問を聞き、絶句し涙を必死で堪えていた。この世の中で、誰一人として、存在しなくていいと云うひとは、在り得ない。

みんな、生きる意味を持って生まれてきたのだそれを、見つけることは、大変な努力が要るし、見つけたら見つけたで、苦労の連続の目に遭うであろう。だが、それに代え難い、生きる喜びを見出すことができるのだと、私は想う。

この世にせっかく人間として生まれて来たのだから、思いっきり人生を謳歌し、生きていて良かったという、生涯を送ろうではありませんか?

          byみかん

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みんなの居場所 12月16日

今日の午後、西成区の山王町で、外国人の方を主に宿泊することを目的に、普通の民家を改装してゲストハウスを造られて、、オープン記念にこぎ付けられた方の処にお邪魔した。

子育て支援を志しておられる、友人の方とお伺いさせて戴いたのだが、玄関の扉を開けると、これは驚いた!入ったすぐのお部屋に、まるで満員電車に乗っている様なくらいの大勢の方が、所狭しと座っておられ、丁度自己紹介をされているところだった。

若い方から、人生の先輩の年代の方々まで、中には、埼玉県から駆けつけてこられた方もいらっしゃって、二度びっくりした次第であった。

成程、自分の夢を叶えると云うことは、こんなにも沢山の方々のご縁を戴き、支援していただかなければ、実現出来ない大変な努力と、想いが必要なのかと、改めて感じ入った。

私も何時かは、こんな居場所を自分が生まれ育った街に、造ることが出来る様に、人様との出会いとご縁と、触れ合いを大切に育んでいきたいと、改めて心に誓った。

みんなが、ほっとする居場所で、紙芝居や歌や、演奏を楽しんで戴けて、お互いに助け合いながら、楽しく生活出来る街になれば、こんな嬉しいことはない。

今日のゲストハウスには、子供さんが、一人だけ来られていたので、もっと沢山の子供さんや、親御さんが、来て戴ける様に、私も微力ながら、紙芝居を其処でさせて戴けたらと、想っている。そして、外国の方が泊まるお宿なので、外国のお客様にも、是非、紙芝居を

         観て戴けたら、本当に嬉しいと想っている。

まずは、自分の出来ることを、あせらず、ゆっくりとやらせて戴きながら、自分の夢の羅針盤を調整していきたいと云う、考えに至ったみかんであった

              byみかん

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恩師を訪ねて 12月15日

今日は、私を紙芝居と出逢わせてくださった、生涯の恩師、大河萬子次先生のお宅を訪問した。大河先生は、手品の達人であらっしゃれるが、私の様な者に目を懸けて下さり、何時も人としての生き方の教えを導いてくださる。

私の名前、青空視観と言う名前も、先生が考えて下さった。初めは「みかん」と、平仮名で名乗っていたが、或る時先生が、「視観」と言う字を授けて下さったのだ。漢字で名乗らせて戴くことで、紙芝居に向かう自分の姿勢も、何か重みの在る、大切な文化を普及する、気概が湧いてくるような気がする。

話は元に戻るが、その、大河先生の奥様も、とてもお優しくて、私がお邪魔させて戴くときは、何時も本当に心から、おおもてしをしてくださり、今日、初めて厚かましくも、夕飯をご馳走になった。本当に心のこもった、お料理で私は、感謝の気持ちで一杯になった。

帰りは、暗い夜道を駅まで送って下さり、本当に有りがたかった。これからも、大河先生と奥様が、ずっとお元気でいてくださることが、私の願いである。

大河先生の教えは、「温故知新」を尊び、常に「真、善、美」の心を忘れないで、善行を積んでいくことが、一番人間として、大切なことであると、ご指導して戴いた。先生のお教えを胸に刻んで、これからも、人様に喜んで戴ける、役に立つ人間で在りたいと、改めて気を引き締めて、家路に着いたみかんであった。

         byみかん

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なにくそ、負けるな!12月14日

なにくそ、負けるな!みかんの一人ごつ

負けてたまるか!ときには

へこたれることもあるけれど

くさるな!ぐちるな!あきらめるな!

自分に悔しくなって

余計に腹が立つだけや

自分を信じてのりこえろ!

試練がどうした?

そんなもんわては、しれんわ!

こんなことで挫けたら、

みかんがくさる

味がわやになる

    byみかん

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映画を観よう! 12月14日

先日、書き込みをして下さった、石田祐樹君から、お奨めの映画を紹介して戴きました。ありがとうございます!題名は、「誰も知らない」と言う映画で、私も、映画館で、観ました。

この映画は、親に見放された、子供達が自立して、強く逞しく生きていく姿を描いた、お話だったと思います。昔から「親は無くても、子は育つ」と言う言葉が在りますが、私は、そうは、思いません。子供は、やはり、親の愛情を一身に受けて育てられる方が、心の安定した情緒が、育まれると思います。

勿論、そんな親の愛情を受けられずに、育った子供さんが、駄目だと言うことでは、ありません。私が言いたいのは、子供さんと云うのは、親の愛情を求めていく者で在り、そして、いつかは、親元から巣立っていくのだと言うことが、言いたかったのです。

もう一つ、わたしのお奨めする映画が、在ります。それは、「マリと子犬の物語」です。これは、泣きました。感動すると言うよりも、この映画を観て、勇気と愛を授かりました。新潟地震で、崩壊した村に、取り残された飼い犬マリと、三匹の子犬達のけなげな生き様と、そして、決して諦めないで、そのマリを取り戻しに行く、少女の美しいくも気高い心に、私の魂は、揺さぶられ、涙が止め処も無く流れ出るのを、ハンカチで拭くことも、忘れて集中して、見入っていました。

ラストの、感動のシーンは、私の目に生涯焼きついてはなれないでしょう。映画は、本当に素晴らしいですね。

石田君、いい作品を教えて下さり、ありがとうございます。もう一度ビデオを借りて、「誰も知らない」を借りて観てみようと思います。また、お奨めの作品が有ったら、教えてくださいね!映画館で、観るもよし、自宅でビデオで楽しむもよし、最近あまり、テレビを見なくなって、ビデオショップに通う機会が増えて来た、今日この頃です。

              byみかん

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顔晴る長女  12月12日

今朝、我が家に一本の電話が鳴った。洗濯物を干していた私は、あわてて、電話に出た。ここからは、親ばかだとおもっって、聞き流して、いや、片目を瞑って読んでおくれやす。今年の秋から、医療事務の学校に行って、それに携わる仕事がしたいと言って、自分で、学費を出して、高校生の時は、あんな勉強ぎらいで、大学に進学する気持ちもなく、就職した娘が、見事に自分の夢を叶えて、或る病院の面接に来て欲しいと云う、嬉しいお知らせの電話であった。

満面の笑顔を浮かべて、私に報告する娘に、私は心から祝福の言葉を贈った。本当によくぞ、ここまでがんばったものだ。お店の手伝いと、勉強との両立は、さぞかし大変であったと思うが、その苦労が報われ、自分の夢を勝ち取った彼女に、私は、心から拍手を贈りたい。

まだ、面接をしてからでないと、正式には決まらないが、自分のやりたい仕事が、明確だから、大丈夫であろう。これからは、高齢化社会になり、病気になっても、お金が無くて、医療を受けられない人が、どんどん増えてくると思う。そんな、社会の困っている方々のお役に立てる様に、立派に務めを果たして欲しいと想う、親ばかのみかんであった。

          byみかん

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石田祐樹君へ・・・

石田君、書き込みありがとう!貴方から、コメントを戴くなんて、本当にびっくりしたのと、同時に凄く嬉しい気持ちで一杯です。朝早くから、顔晴ってお仕事をされていると聴き、本当に偉いですね。貴方には、お店で、働いてくれる人が居なくて、本当に困っている時に助けて戴き、有り難かったです。お世話になり、ありがとうございます。寒くなってきましたので、風邪などひかれないようにして、石田君の夢に向かって邁進してくださいね!

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みかんの贈り物 12月10日

昨日、先月に結婚したばかりの娘のお婿さんの実家から、大きなダンボールに一杯詰まった、みかんを送ってくださった。早速、お仏壇にお供えして、祖父と、祖母、ご先祖様に食べて戴いた。先方のお宅にお礼の電話をして、お母さんと、早速メル友になってしまった。嬉しい限りである。

今日、娘にみかんを戴いたことを告げると、「家の方にも、おんなじ箱でみかんを送って下さってん。二人やから、どないしょう?」と、娘は、困惑していたが、私は、心から有り難いと、感謝の念を抱いた。こんなに可愛がって戴いて、娘も果報者だ。みかんは、近所の方におすそ分けする様に、言っておこう。

私と同じ名前のみかんを初めての歳の暮の贈り物として送って下さるなんて、なんてラッキーなんでしょう!みかんは、冬の果物だけれど、あの、温かいぬくもりの在る、橙色は、人々の心に、ほっこりとした、ぬくもりとやすらぎの気持ちを与えてくれる。

私も、人々にそんな気持ちになってもらえるような、素晴らしい紙芝居をお届け出来る人間になりたいと思った。みかんの花は、白いが、その実は、太陽の恵みを受けて、橙色に照り輝き、やがては、黄金いろに光輝いて、人々の心の栄養となるであろう。

           byみかん

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親孝行の真似事 12月10日

私には、年老いた父母がいる。父は、今年二度の手術をし、母もこの秋に、ペースメーカーの入れ替えの手術をおこなった。その母の手術の傷跡の乾く間もなく、また、足の付け根が痛くて我慢出来ないということで、今日、母の手術の手配をする為に、病院に付き添った。

朝の9時に行かないといけないとのことで、満員電車の中で、母を必死にラッシュアワーの人波から、庇い、やっとのことで病院に着いたが、案の定整形外科の待合室には、患者さんで、溢れかえっていた。一体どこからこんなに、怪我の人が集まってくるのかと、考えたが、判らないし、考えてもどうしようもないので、持って来た紙芝居の本を読んで、待つことにした。あ~椅子が高くて、足が床にとどけへん!

やっと、母の名前を呼ばれて、診察室に入ると、きれいな目をした、誠実そうな40歳前後の先生が、母に向き合って、父の状況などを聴いてくださった。私は、この先生だったら、母の手術をお任せしても、安心だと感じ、自分が考えている心配なことを、先生にお尋ねした。そうしたら、先生は、私の質問に本当に丁寧に、誠実に答えてくださり、母の手術をこの方に委ねても大丈夫だと確信し、決心した。

それから、いろいろと、入院や、手術の為の手続きを済ませ、やっと、帰宅できたのは、2時前であった。私達は、遅い昼食をやっと、食べることが出来た。

それから、少し休憩をしたら、私はもう、塾の出勤の時間になり、本当に慌ただしい一日ではあったが、母の手術の日程が決まり、執刀してくださる先生とも、お話をさせて頂いて、何か、一仕事終えた清清しい気持ちになれた。母の手術と、その後の経過が心配だが、一緒に病院に行って、本当に良かったと思う。母も私に、「来てくれて、助かったわ。ありがとう!」と言って、喜んでくれた。

普段は、なんの親孝行も出来ず、それどころか、テレビを観てくつろいでいる母の目の前にどーんと、紙芝居の舞台を置いて、無理やり練習だいになってもらっている親不孝者のわたしだが、今日ばかりは、でーんと構えて、病院中を歩き回って、母の手足となって、役立つことが出来、母を安心さえることが出来て本当に嬉しい。

お父ちゃんとお母ちゃんには、長生きして

ずっと死なんといて欲しいと、兄弟の居ない私は、幼い時にずっと、そう思っていた。もち論、今でもその気持ちは変わらない。

人間は、いつかは、必ず死ぬようになっているのだろうが、出来るけ死を少し横に置いて、親孝行の真似事や、世のため人の為に、役に立ち、人様から、せめて心でも名前ぐらいは、いつまでも覚えていてもらえていたい人間になりたいと想う、みかんであった

                byみかん

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紙芝居みんなでやれば楽し12/9

今日は、住吉人権文化センターで、来年の1月27日に、日頃私が、お世話になっている、平野図書館で行なう、グループ独自の紙芝居の発表会の、プログラムや、役割分担を決めさせて戴いた。

皆さん本当に、心良く協力をかって出て下さり、この催しを是非成功させたいと、心から願っている。私の様な不器用な人間は、率なく物事をこなせないので、皆さんの心を一つにして、一致団結して、より一層紙芝居を通じて、堅い絆を結ぶことをが出来ることを、願っている。

一人は、みんなのために、みんなは、一人のために・・・・ラグビーの精神ではないけれど、こんな気持ちで、楽しく紙芝居を演じて戴いて、観客の方々に喜んで戴き、最後まで、紙芝居を、観る方も演じる側も、共に、一体となって、現代社会に不足しつつ在る、共感の喜びをみんなで、是非、実感して戴けたら、幸いです。

*お知らせは、「いちょう並木」12,1月号合併号にも載っております。

                    記

紙芝居だよ全員集合」~お楽しみ劇場~(大人もこどももよっといで)

平成20年1月27日(日) 13時~15時

大阪市立平野図書館2階 多目的室  (JR 平野駅 からバスで平野東下車すぐ)

どなたでも(入場無料)

主催 紙芝居大好きオブまなび・おおさか

共催 大阪市立平野図書館

お問い合わせ先  紙芝居大好きオブまなび・おおさか担当 山口迄

            Tel、Fax 06-6621-2467

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お笑いに紙芝居!?12月8日

夜、或るお笑い番組をぼ~っと観ていたら、一人のお笑い芸人の方が、紙芝居をすると言う。

私は、どんな紙芝居が登場するのか、興味津々で、拝見した。そしたら、おもむろに、スケッチブックに、絵を描いたものを取り出し、一枚ずつめくっていきながら、観客とかけ合いながら、彼(彼女?)が突っ込みを入れて、笑いを取るとと言う、手法だ。

私は、なるほど、これが今時の紙芝居と言われているものなのかと、納得した。この方がされたのは、紙芝居ではないが、紙芝居のようなものを紙芝居と、言って紹介してくれて、若い人達に紙芝居の楽しさを広めて戴いていることは、本当に在り難いことだと思った。

生意気にも、私如きが、紙芝居ではないと言った理由には、大きく言って二つ訳がある。

一つは、紙芝居は、あくまでお芝居であるのだから、中身が起承転結の順序を踏まえている物で、中身が本物で在って、必ず舞台を使うことが必要である。もう一つは、紙芝居は、画面が一枚ずつばらばらになっていて、その画面を抜いて、差し込むことで、お話が進行すると云う、紙芝居ならではの、大きな特色がある。

しかし、紙芝居が、昨今注目を浴び始めて来た確かな手ごたえは、実感させていただけた。紙芝居は、日本で生まれた、世界各国、何処を探しても、この様な文化は存在しない。世界に誇る、大切な文化として、私達、紙芝居に携わらせて戴いている者は、その普及運動に、西奔東走しているような、状態である。

どうか、この紙芝居が、ブームに過ぎなくなるか、本物の文化として成り得るかは、皆様の温かいご支援と見守っていただくことで、左右されると想う。お笑いに、紙芝居、おおいに結構!テレビやゲーム、ビデオ等、動画しか知らない若者達が、動かない絵を観て、同じ共感を覚えることは、素晴らしいことだと、思う。この、紙芝居をネタにしようと、発想した、芸人さんに、形式は、敢えて紙芝居ではないことを、口を挟ませて戴き、改めて、これからの、ご活躍を願って止まない、みかんであった

             byみかん

12月の紙芝居の勉強会のお知らせ

12月9日(日) 午後1時30分~16時頃迄

紙芝居大好きオブまなび・おおさか 定例会と勉強会 (参加費200円)

住吉人権文化センター4F会議室 阪堺電車神ノ木下車もしくは、南海腺住吉東下車

TEL 06-6674-373 1 大阪市住吉区帝塚山5-3-21

どなたでも、紙芝居にご興味の在る方は、お気軽にお越し下さいませ。

お問い合わせ先 06-6621-2467 (Tel,Fax) 山口迄    

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腹の底から笑おう! 12月7日

今日は、平野区の或る小学校へ、お話会をさせてもらいに行った。他のメンバーの方お二方と私の三人で、五年生の三クラスを一時間ずつ、教室でさせて戴いた。小学校のカリキュラムの中の貴重なお時間を戴いて、お話会をさせて 戴くのだから、何時も本当に責任をひしひしと感じ、在り難い気持ちでさせて戴いている。

今日は、高学年ではあったが、楽しい絵本や、紙芝居を選んで、行なった。日頃、色々と勉強や、人間関係などで疲れているのだから、今日ぐらいは、お腹の底から笑ってもらおうと、意気込んだ!私は、落語紙芝居の「うなぎにきいて」をやらせて戴いた。この紙芝居は、本当に難しい。笑ってもらおうと欲を前に出すと、みんなの気持ちが、引いてしまう。

どんなことにでも言えることだが、人を怒らすことは、簡単だが、人を笑わすこと程難しいことはない。私の紙芝居の後に、「じごくのそうべい」の絵本を読まれた方も、休憩時間に一生懸命練習されて、もう一人の方が、アドバイスをされていて、本当に頭が下がる思いだった。たかがボランティア、されどボランティアだと、何時も私は思う。お金を戴く為にするのではないけれど、私達がさせて戴いていることは、本当に大切なことなのだと、誇りを持っていいと思う。

紙芝居にしても、絵本にしても、その作品を先生でもない、親兄弟でもない、図書館から来たという、地域のボランティアの人達が、真剣に選りすぐった作品を選び、深夜遅くまで練習をしてきて、君達にただ、楽しんでもらいたい、本を読むのが楽しいと思ってもらいたい、自分は独りじゃない、みんなと一緒に居たら、楽しいと感じて欲しい、それだけの想いで、私達は、この活動をさせていただいている。

みんな、おもしろかったら、思いっきり声を出してわらったらええんやよ!今日の紙芝

居は、ちょっと、ネタがすべってしもうたけど、堪忍やで。「じごくのそうべえ」は、おもしろかったね!

今度、来年来るときは、もっとおもしろい紙芝居持ってきて、一杯練習して、みんなに思いっきり笑ってもらえるように、顔晴るからな。きょうは、本当に楽しい時間をありがとうね!

             byみかん

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モンスターペアレンツ12月5日

最近、学校の教師や、教育委員会等に、理不尽な難癖をつけてくる親達を、モンスターペアレンツと云うそうだ。どうして、給食代を支払っているのに、子供に「いただきます」と言わせるのか?だとか、運動会に家の子共のほうが、足が速いのに、何故別のAさんをリレーの選手にするのか?とか、果ては、どうして家の子の通知表の点数が三重丸でないのか?と、のたまう親が、本当に居るのそうだ。

一体全体、何故こんな自分の子共のことだけしか、見えていない近視眼的な親が増えてきたのか?一節には、今の子供達の両親の世代は、所謂、団塊の世代の子供達で、教室が、荒れてたいへんだった時代の子供等が、親になった時代なのだと言われている。

終戦直後の食べ物の無い、生存競争の激しい世代に育ってきた団塊の親たちは、せめて自分の子供達には、そんな不自由な思いをさせたくないと思い、甘やかして育てられたのだと言う話を聞いたことがある。

これは、私の全くの独りよがりな考えかもしれないが、今の時代の先生方は、親の顔色を見て、子供達に接している方が、増えてきたのではないだろうか?教師の雑務に追われ、子供と触れ合う時間がなくなり、子共達との信頼関係が、確かなものとして結ぶことが、難しくなり、子共一人ひとりの状況をしっかりと把握できないので、親が、無理難題なことを言ってきても、毅然とした態度で、自信を持って応えることが出来ない。つまり、先生同士のチームワークを組んで、いろいろな親に対する接し方を共有することも、大切なのではなかろうか?

教育現場のことを何も知らない、ボランティアが、このようなこよを言わせて戴くのは、持っての外と、おしかりを受けることは、重々覚悟の上で、私が何を言いたかったかと言うと、今の時代、このような名前を付けられた親は、全てではないと思う。一部の親達の言動に、翻弄されない、自分の生き方や信念、教育方針を確かなものとして、実践されている先生方もたくさんいらっしゃるのだ。その先生方と手に手を携えて、教育のネットワークを構築し、そして、私らのような、おせっかいな、地域の住民が、もっと子供さんと関わって、斜めの関係も築いていくことが、これからの未来を担う子共達に、豊かな社会を築いていく礎になれば、嬉しい限りである。   

             byみかん

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コーヒーの点数券 12月4日

今日は、一段と寒さが増し、遂に我が家もストーブの火を入れることにした。(嗚呼灯油代のなんとお高いこと!)我が家のストーブは、自動点火ではなく、手動式になっていて、つまり、マッチで種火を点けるのだ。その、マッチをあっちこっち探して、引き出しを開けていると、思いもよらない物をみつけた。

それは、コーヒーを買ったら、缶に入っている、点数券だ!なんと懐かしい。思えば、まだ、私が、専業主婦で夫さんの給料だけで、やりくりしていた時代、私は、その券を大切に集めて、ささやかではあるが、コーヒーを沸かすものが、欲しくて、一生懸命、台所の戸棚の引き出しの中へ、一枚ずつ入れてたまっていくのが、本当に楽しみだった。

今だったら、そんな機械は、スーパーで、千円も出せば手に入る品物だが、当時の私は、なにしろ、二人の幼子を抱え、夫さんが稼いでくださった、お給料で、買い物に行くのにも、財布の中に千円札を一枚だけ入れて、毎日の食材や、生活用品を買いに出かけていた。

でも、今から考えると、あの頃の点数券を集めると言う、ささやかな喜びを積み重ねていくことで、豊かな気持ちになれた時代であった。毎日子育てで、しんどかったけど、子どもの成長と触れ合いと、家族の団欒と、ささやかな楽しみの中で、暮らすことができたのも、夫さんが、真面目に働いてくれ、子ども達に優しく接してくれた、お蔭だと感謝している。

本当の豊かさとは、そういう日常のなんでもない、当たり前の生活の中で実感できるものではないかと、古ぼけた我が家のストーブに、火がつき、寒い中を、13時間働いて帰って来た、娘の喜びの声を聴いて、改めて思い起こすことができた、みかんであった。

              byみかん

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みかんの予定 12月3日

何時も青空みかんの一日一言を見て戴き、誠にありがとうございます。寒さが、日増しに身に染みて来た、今日この頃、どうか風邪など召されません様、お身体を労わり、慌ただしい、年の暮れをお互いに乗り越えていきたいものですね。

お蔭様で、このブログを御覧戴く方も、段々と増し、本当に嬉しい限りです。さて、年末で、お忙しい時期では、ございますが、青空視観の、今月の予定をお知らせさせて戴きたいと想います。もし、宜しければ、皆様のご参加を心よりお待ち致しております。

12月12日 (水) 14時~14時半 田辺会館親子サロン  クリスマスに因んだお話会

12月13日 (木) 13時~14時頃 プーさんクラブクリスマス会 

12月9日 (日)  13時半~16時 紙芝居大好きオブまなびおおさか勉強会

                       (住吉人権文化センター)

12月16日(日)  10時~12時  「The 紙芝居 入門教室」 受講費 千円 

                       (大阪市立総合生涯学習センター第3会議室)

12月23日(日)  2時と3時     街頭紙芝居口演      大阪市平野区全興寺 

予告!

2008年1月27日 (日) 午後1時~3時 「紙芝居だよ全員集合」~おたのしみ劇場

                       (大阪市立平野図書館、2階多目的室)

                紙芝居大好きオブまなび大阪のメンバーのお披露目です!

                詳細は、チラシもしくは、いちょう並木(12月1月合併号掲載)

 以上、拙いお知らせで、不行き届きの点は、ご容赦下さいませ。

全てのお申し込み、お問い合わせ先  Tel.Fax 06-6621-2467 (山口迄)

これからも、皆様に喜んで戴ける紙芝居を演じさせて戴くべく、努めて参りますので、何卒宜しくお引き立ての程を宜しくお願い申し上げます!ありがとうございます。

            byみかん         

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血わき肉躍る 12月2日

今日は日曜日、師走に入り、世間が慌ただしくなって来るのに、私は、娘を嫁がせた後の虚脱感と、総合フェスタ2007の紙芝居のステージを務めさせて戴いた、達成感の余韻と、昨日の土曜日に、総合学習センターで、紙芝居の実演と、お話をさせて戴いた緊張の後の弛緩、その他、来年の1月27日にさせて戴く、紙芝居のグループの発表会のチラシの製作や、印刷、小学校の行かせて戴くお話会の練習・・・等など、とにかく私はせいは低くて、154cmしかありませんが、そのせいやのうて、精も根も尽き果てた状態で、朝からら、へたっておりました。そんな時に、携帯が鳴り、下の母の部屋のこたつで横たわり、午後から友人との約束があって、出かけるまでの、暫しの間の休息を摂っておりました。

その、電話は、何時も地域で、お世話になっている、方からのお電話で、出てみると、今日は、地元東住吉ホールで、劇団コーロさんの芝居、「てんまのとらやん」が、上演されるから、紙芝居をやってる、山口さんにとって、絶対いい勉強になるから、観においでと云う、在り難いお誘いでした。上演は、1時と4時の二回公演なので、私は、4時の部に遅れてでも、観にいきますと、お約束をした。ああ、なんで、私はこんなに、断るのが下手なんだろう。と、自分でもあきれたが、久しぶりにお芝居を観て、非日常の世界を味あわせて戴こうと、決意し、午後の友人との約束の出会いをして、一目散に、地下鉄を乗り継ぎ、田辺の駅を降りて、東住吉区役所の3階に在る、東住吉ホールに、かけこんだ!

私が着いたときに芝居は、既に始まっていた。私は、入り口の扉をおそるおそる開けた。其処には、顔見知りのご無沙汰していた方々が、受付をされていたが、私は、挨拶もそこそこに、舞台の方に目を遣った。すると、主人公のとらやんが、傘やに大根を担いで、空から舞い降りる所だった。

私は遅れて、入場したということもあって、最初は、一番後ろの席に座ったが、お芝居が段々、進んでいくと、もう我慢できなくなり、前の方へ、前の方へと、移動し、遂に、なんと、一番前の方で観ている子供さん達のすぐ後ろの座布団の席に、陣取って観させて戴いた。

この、お芝居は、趣向が大変変わっていて、演者は、台詞を発せず、舞台の脇に座っている語り手に依って、芝居が進む。また、太鼓や鐘、三味線、果ては、お椀を使って、効果音を醸し出すと言う、非常にユニークな形で、演者も効果音の奏者も、語り手も、みんなが、一体となって、この芝居が創造されていくの観た私は、学生時代の演劇部の活動風景が、みるみる、フラッシュバックされ、「やっぱり、お芝居は総合芸術や!」と、改めて、感動を覚えた。

舞台に立って、演技をされている方々の、その輝いた姿を見るにつけ、私も紙芝居で、もっと、芸術性を磨き、人々に感動して戴ける、実演をこれからも、実践あるのみだと、心に誓い、この「てんまのとらやん」のお芝居をみて、何十年ぶりかで、自分の肉体も、精神も血わき、肉踊り、心底自分は、芝居が好きで、演じ手の側の人間なのだと、改めて再確認できた。誘ってくださったWさん、本当にありがとうございます。明日からまた、新しい私の紙芝居劇場の活動をやらせて戴く、活力になれました。ようし!いっちょう、やるぞ!

             byみかん

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みかんの戯言 11月30日

早いもので、もう、今年も残すところ、あと、一月となりました。久しぶりに、みかんの戯言を、聞き流して下さいませ。

今年一番、悲しかったことは、幼い命が、幾つも、悪魔の様な輩に踏みにじられ、その尊い命が、断たれ、また、或る時は、自らそのいたいけな心を痛め、命を失った青少年や少女達が、数多おられたということです。

現代社会は、今や弱肉強食の時代となり果てているのでしょうか?否、そんなことは、考えたくありません。私は、あくまでも人間を信じたいと思い続けております。

話が横に反れましたが、今年一番嬉しかったことは、私事で恐縮ですが、なんと言っても、可愛い娘が、ご縁在って、結婚したことでしょうか?とても複雑な気持ちですが、店の近くに新居を構え、なんだか、結婚したというよりも、近くに下宿したという感じが拭いきれない、ノー天気な母親です。

そして、もう一つ嬉しいことは積年の願いであった、紙芝居を学びあう仲間のグループを立ち上げさせて戴けたことです。お仲間の皆様に支えられながら、来年は、更に羽ばたき、多くの仲間の方に参加して頂いて、日本が、産んだ世界に誇る文化、KAMISHIBAIを、大阪の街に拡げていき、息苦しい現代社会を明るく灯す、一端を担うお手伝いが出来たら、本望です。

私は、ここで敢えて、申し上げたい。何時の時代でも子どもさんは、純真無垢の心を持っていて、変わったのは、私達大人の心だと思います。自分の生き様を自信を持って、子どもさんに見てもらえる様な生き方をしていける様、私自身、これからも、自分磨きをして、少しでも、紙芝居を演じたり、紙芝居の素晴らしさをお伝えさせて戴くことで、この、閉塞感の在る、現代社会に明るい展望が開けられる、お役に立ちたいと、想っております。

以上、みかんの四の五の申しましたる戯言でございました。最後まで、読んでくださり、誠にありがとうございます。今年の残りの一ヶ月間が、皆様にとって、有意義な歳の締めくくりとなることを、心より願っております。ありがとうございます

             byみかん

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