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2007年11月

晩年の生き様 11月28日

また、幼い子どもさんが、大人の醜い争いに巻き込まれ、尊い命を奪われた。許せない!それも、いい年をした、人生の晩年に差し掛かった、親族の男が、殺した。貴方には、直情と、感情と、短絡な行動でしか、物事を判断できないのですか?貴方が今まで生きてきた人生は、なんの為に、その歳まで生きてきたのですか?自分の怒りを納めるために、命在る、三人の人間を殺傷する為に、その生涯を過ごしてきたのだとしたら、それは、もう、言語道断です。

ここに、私の家の近くに在る、或るお寺の門前に、何時も御住職自らが、お書きになられた、言葉が在ります。それを紹介させて戴きます。高齢社会に益々発車をかける昨今、私も含めて、人生の晩年の生き方のお手本にしたいと想っています。

「日はすでに暮れても夕焼けははお、美しく空を染め、

時期はまさに熟してミカン柑橘類はいちだんと芳香を放つ

このように自然はその終わりにこそ輝きを放つのであるから

人間も人生の最後すなわち晩年を美しく飾るべきです。」

                                                       以上          

 

殺害された、三人のお方のご冥福を心より、お祈り致します

              by みかん

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ぎっくり腰になった娘             11月27日

夜、お店から帰った娘が、元気がない。心配になった私は、自分も仕事から帰って、体調が、芳しくなかったが、どうしても気になるので、一階に下りて、「お帰り」と言って出迎えた。すると、いつもは、我慢強い彼女が、珍しく、「今日、店で重たいバッカンを持ち上げたら、腰が急に痛み出してん。」と、のたまう。

私は、すぐさま、これは、ぎっくり腰にちがいないと思い、あわてて、母の部屋から、こうやく否、シップをもらってきて、20過ぎのうら若き娘のおしりを出さして、シップを貼った。娘は、あまりの冷たさに、「ヒぃーッ!」と云う雄たけびをあげた。

かわいそうに、こんなになるまで、働いて、家業の手伝いとは言え、私は、娘が不憫でならなかった。「ごめんね。こんなになるまで、働いてくれて、ありがとう!」明日は、お母さんが、ぼんぼん(飼い犬の別名)の散歩に行くから、朝は、ゆっくりとやすみな。

私は、こんな親孝行な、娘に恵まれて、本当に果報者だ。神様が、授けてくれた娘をこれからも、もう、成人はしたけれども、嫁に行った娘共々、大切に守らせてもらいたいと、思うみかんであった。

             byみかん

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輝く瞳を見つめながら・・・11/26

今日は、家のお店に一番近い地域の小学校にへ、お話会をさせていただきに行った。

私は、季節に合うと云うお話だということで、「マッチ売りの少女」の紙芝居を二年生、二クラスで、演じさせて戴いた。他のお話が、楽しい内容なので、私も、やはり、アンデルセンの、名作童話である、この物語は、子ども達に観てもらえて、良かったと思う。

舞台の扉が開き、タイトルを言うと、「知ってる!」というお声が、ご他聞に漏れず、やはりかかった。「知ってる人も、良かったら観てね!」と、すかさず、応え、作者と、題名を言う。そして、紙芝居が始まると、観客席は、まるで静かでし~んと静まり返り、私は、子ども達の方を見た。確かに彼ら、彼女達は、自分の境遇とは、全く想像もつかない、このマッチうりの少女の行く末を見守っている。マッチを売る商売が、あることさえ、そして、こんないたいけな女の子が、冬の凍えるような寒空の下で売ることさえ、想像もつかないと思う。

「マッチはいりませんか。マッチを買ってください!」と云う女の子の悲痛な叫び声を、子ども達は、このなんでも手に入る豊かな時代に生まれてきた意味を考えてもらえると、楽しいお話ばかりを見たり、聞いたりしたがる、子ども達には、少し申し訳ないと思いながら、本当の幸せとは、何かと云うことを、考えることが出来る土台になってくれたら、本望だと思いながら、演じさせてもらった

  

今は物質的に豊かなのに、孤独な人や、辛いことの方が多い時代、お金が無いことは、本当に苦しいことだからこそ、少女は売り物の大切なマッチに、勇気を出して火をつけ、心の豊かさを得ることが出来、大好きなお婆さんに逢うことが出来、一緒に天国に行けたのかもしれない。

私の紙芝居を観て、輝く瞳の君達へ・・・君達の持つ、無限の可能性で、どうか、この世界では、本当にまだ、生きていく為に小さい時から、物を売って生活している子ども達が、たくさん居ることを知って欲しい。そして、今の恵まれた生活に感謝の念を抱き、大人になっても、ずっと変わらずにその美しい瞳でいて欲しいと、ただただ願いながら、校門を後にした、みかんであった。「また、来年も絶対にくるからね!」と心に誓いながら・・・・

             byみかん

          

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全興寺口演雑感 11月25日

今日は、月に一度の、平野区に在る、全興寺さんの紙芝居の修行の日だ!

私の一番の紙芝居道場だ。何時もの如く、2時から始まるぎりぎりに、滑り込みセーフ!フゥー間に合った。御住職に挨拶をしてから、駆け足で何時もの様に、本堂までお参りに行く。今日も、ここで紙芝居をさせて戴く、感謝の気持ちを込めて、私は、いつもお参りさせて戴いている。

駆け足で、舞台を積んでる自転車に戻る時も、境内に来られいる参拝の方々に、2時から、紙芝居をやらますから、見に来てください!と、宣伝もしっかりやらせてもらい、大急ぎで、衣装に着替えて、準備をする。もう、水飴をもらをうと、子ども達が、並んで待っている。おせんべいに絵を描いた飴は、御住職が作られ、私は、水飴だけの欲しい人に、割り箸で、水飴をくるくると巻きつけ、子ども達に手渡す。

みんな、とてもうれしそうに受け取ってくれるのが、私も嬉しい。紙芝居の呼び込みのお手伝いをしてくれた子どもさんには、ご褒美に水飴の引換券がもらえるのだ。後、川口御住職が、考えた「おやじクイズ」に正解すると、これも引き換え券が、もらえる。それ以外で、欲しいひとは、一本百円で販売している。中には、大人の方が買っていかれることもある。

兎に角、最近は、この街頭紙芝居も定着したのか、最近は、観客の方が増え、私も緊張感が、一段と増してくるが、始まるともう、俎板の上の鯉?みたいに覚悟を決めて、紙芝居を実演させて戴く。何時もは、プロの街頭紙芝居師の、鈴木常勝さんと御住職と私、みかんの三人ですることが、多いが、今日は、ゲストの方が多くて、盛りだくさんな実演会になり、お客さんも満足されたと思う。

私が、この全興寺さんで、紙芝居をさせて戴くようになって、かれこれ、三年近くなる。毎月、失敗し、冷や汗かきながら、性懲りもなく通い続けることが出来たのも、懐の深い御住職と、鈴木さんの、温かいご指導と、集まってくださる観客の皆様のお蔭だと、感謝している。何時までたっても、成長できず、拙い紙芝居を演じさせてもらっているが、この場所が、私の一番の紙芝居の修行の道場と思い、これからも、水掛お不動尊の前の、楠木の下で、紙芝居をこどもさんも、大人の方も、そして、今日は、耳の不自由な方々が、手話通訳をしてもらいながら、紙芝居を楽しんでくださった。

私は、紙芝居には、国境もなければ、身体のハンディーも関係のない、人間同士の温かい触れ合いが出来る、素晴らしい文化なのだという云うことを、今日改めて、実感することが出来て、本当に嬉しかった。

家に帰ると、何時もの如く、紙芝居の練習台にいつもなってくれている、母が「どやった?」と優しく聴いてくれるのだった。

           byみかん

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人間に、貴賎なし 11月24日

人間は、みな平等だ!社長さんも、総理大臣も、そして、うちら、一般庶民も生まれて来た時は、皆、裸で産まれ、そして、死んでしまったら、焼き場で、骨と灰だけが残る・・・・

少なくとも、人を見かけだけで、蔑んだり、上から物を言うことだけは、しないようにしようでは、ありませんか?

わたしは、人間の価値は、肩書きでもなければ、身分でもなく、お金持ちとか、貧乏と云うことではなく、その人が、如何に自分は人の役に立っているかと云う実感を抱くことが出来る生き方が、出来るかだと思う。えらそうなことを言っているこの私も、沢山の方々に助けられ生かせて戴いている。人様のお役に立てる人間になりたいと想い続けて、これからも、紙芝居を出来るだけ多くの方に観て戴き、生きる喜びを実感して、未来に希望を持てる子どもさんが、一人でも多く成長してもらえたら、幸いであると、何時も想うみかんであった。

                byみかん

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お母ちゃん、ごめんね11月23日

お母ちゃんごめんね。足が悪くて、動くのも儘ならないのに、何時も自分のやりたいことを優先して、親不孝ばかりして、ごめんなさい。

お母ちゃんごめんね。貴方が居てくれていて、何時も紙芝居の練習台になってくれているから、独学で紙芝居をやらせて戴けるのです。

お母ちゃんは、私の心の故郷,です。貴方が居てくれるだけで、私は、幸せなのです。お母ちゃんが、話を聴いてくれるだけで、私は、充実することが出来るのです

何も言わなくても、ただ、存在していてくれて、紙芝居をやらせて戴いた日に、家に帰って来たときに、一言、「どうやった?」と聴いてくれる、お母ちゃんが、大好きです。

               byみかん

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紙芝居を伝えると云うこと11/21

今日は、午前中或る小学校で、読み聞かせをされている、ボランティアの方々に、紙芝居のお話をさせて戴いた。

話下手な私のレクチャーに、皆さん本当に真摯な気持ちで、聴いてくださっているのが、ひしひしと感じられて、本当にいい時間を共有させて頂き、有りがたかった。

限られた時間内で、とても駆け足で、紙芝居の歴史と、絵本との違い、また、何故今、子どもさん達に、紙芝居を演じることが大切だと、私が想っているのかと云うこと等を、ラインナップで、紙芝居も観て戴きながら、お話をさせて戴いた。

これからも、私は、出来るだけ教育の現場で、こどもさんに紙芝居を観てもらいたいと想う

こんな、世知辛いご時勢だからこそ絵本とはまた違う形で、動かない絵を使って、子どもさんの豊かな心を育むことが出来、しかも、自分は決して独りではなくて、みんなと一緒なんだと、感じることが出来る、みかんなのである。

今日、訪問させて戴いた小学校には、珍しく沢山の紙芝居が置かれてあった。どうか、その紙芝居が陽の目を見ることが出来て、児童に観てもらえる様になれることを、私は願いながら、校門を後にした。

             byみかん

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紙芝居のお知らせ 11月20日

来る11月23日(金)祝日に、大阪駅前第2ビルの5階に在る、大阪市立総合学習センターに於いて、毎年恒例の、総合フェスタが行なわれます。

私達、大阪生涯学習インストラクターの会も、参加させて戴きます。一日中たっぷりと、いろんな崔しものがございますので、ご家族揃って、遊びに来てください。

さて、私達、紙芝居専門部会では、午前10時30分~11時20分迄、「THE 紙芝居~紙芝居のお話宝箱」と云うプログラムで、受付横の特設ステージで、紙芝居を実演させて戴きます。

今回は、在り難いことに、50分も時間を戴いたので、専門部会の仲間の方5人と、私とで、6作品の紙芝居を口演致します。勿論、木戸銭は無用ですので、どうか、朝の、時間帯では、ございますが、沢山のご来場をお待ち致しております。ありがとうございます!

           byみかん

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もう、沢山だ! 11月19日

嗚呼、また高校生がいじめられて自殺した。もういい、もういい、もう、これっきりでたくさんだ!若くて尊い命が、断たれていかれるのは、胸がつぶれるような思いがして、辛い・・・

或る講演会を聴きに言った時に、こんな話を聴いた。とても長生きをしている長老に、「貴方が今まで生きてこられて、一番悲しかったことは、なんですか?」と聴くと、「私より遥かに若い人が死んでいくことです。」と、答えたそうだ。

繋がる命が、断たれていく・・・・それも、とても理不尽な形で・・・。

私は、紙芝居の活動をさせて頂いているが、たくさん在る紙芝居の中で、「おかさんのはなし」と云う紙芝居が在る。この紙芝居は、病気になったぼうやをお母さんが、死神から。取り戻そうとする話だ。その中で、お母さんが、死神に「おまえは、ぼうやが、幸せだろうと、不幸せだろうと生きている方がいいと言うのか?」と、問いかける場面がある。

その死神の問いかけに対するお母さんの、心の叫びは、本当に素晴らしい!力強い答えだ!人間の尊厳の輝きを、こんなにも判り易く、端的に述べた、脚本家の稲庭桂子さんは、戦争で、妹さんを亡くされて、命の尊さ、生きる喜びを心の底から、謳っておられるのだ

今生きていくことで悩み苦しんでいる貴方へ      私は、この紙芝居を出来るだけ多くの方々に観て戴きたいと想う。特に、今、いじめや、生きることに悩んでいる、若い人々に観て戴けたら、きっと、生きていくことの喜びと意味を見出していけるきっかけになるかも知れないと想うのである

生きていくことは、確かに大変なことだけど、人間に生まれてきて良かったと思えるようになれる日が、きっと来ると信じていてくださいね。

               byみかん

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18は、縁起がいい?11月18日

私は、18と云う数字がすきだ!何故かと言えば、私達の結婚式が、10月18日だったから・・・

高校に入学したのが、18期生だったから・・・

長女の誕生日が、7月18日だから・・・

18と云う数字は、一か八かと云う様に使われて、何かとてもパワーの漲る数字だと思う。

さて、今日の大阪市長の選挙も、18日に行なわれたのだが、今まで、助役上がりの方が、昇進する様な形で、首長になるのが、慣例だった。だが、今回は、民主党推薦の、平松邦夫さんが、めでたく当選された。

一人ひとりの大阪市民が、何かに縋る様な気持ちで、投票したと思う。平松市長、これからの大阪市どうか、一か八かの気持ちで、大きな外科の手術で、メスを入れる様な気持ちで、改革に臨んでくださることを、切に願います。18日に当選されは、貴方様にとっては、切っても切れない、縁起のいい数字なのかもしれませんね

             byみかん

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君の心に植える種 11月15日

今日は、名古屋の、或る小学五年生の女の子が作った詩を紹介します。この詩は、何時も子育て支援のサークルを一緒にさせて戴いている方から、教えて戴いた詩です。

         君の心に植える種

いつも友達をいじめている子

そんな子には

やさしさの種を

少しのことですおこる子

そんな子には

笑顔の種を

「ぼくには絶対できない」って言う子

そんな子には

希望の種を

放課後、家の中で一人でいる子

そんな子には

友情の種を

友達のことを少しも考えてあげない子

そんな子には

思いやりの種を

まちがっているとわかっているのにだまっている子

そんな子には

勇気の種を

なんでもすぐにあきらめる子

そんな子には

負けない種を

努力の種を

本気でがんばっている

そんな子には

勝利のたねを

戦争をしている国や

食べ物や飲みものがない国

そんな国には

平和の種を

私が全部の種をまいてあげる

肥料もあげる

そしてたくさんの友達といっしょに

たっぷりのお水をあげる

私の子どもがうまれるまでに

全部の種から芽が出るといいな

明日から、私は沖縄に行きます。其処で、私は、出来るだけ多くの方々にこの詩を紹介させて戴きたいと、想っています。勿論、紙芝居も一緒です。

              byみかん

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不器用な人程・・・ 11月14日

不器用な人程、人一倍努力する。私も、まさしく、その部類の人間に値する。

新しいことを覚えるのに、人の二倍いや、五倍ぐらい時間と労力を費やす。

これは、遺伝なのかもしれないが、私の父母も、物凄く不器用な人間だ。だが、私は、そんな不器用な両親の子供に生まれて来て、最初は嫌だったけど、二人の不器用やけど、一生懸命ひた向きに、人生を生きてきた二人の背中を見て育ってきて、良かったと思っている。

不器用だから、もっと良くなれるように顔晴ろう。不器用やから、せめて、人並みになれる様に努力しよう。不器用やから、出来ない人の気持ちが判る。

私の人生そのものが、不器用な生き方やけど、多分、有能で、何でも率なく器用に出来る人よりも、もっと苦労するやろけど、出来ないことが出来るようになった喜びは、人一倍喜びが、大きいと思う。

おそらく、私はこれからもこんな生き方しか出来ないと思うし、たくさんの方々にご迷惑や、足手まといないになることも、多々あると思うけど、なが~い目で見てやって下さい。そして、どうかこれからも、末永くお付き合いの程を宜しくお願い申し上げます。

             byみかん

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竹内さんへ 

竹内さん、ブログを見てくださり、書き込みをして戴き、誠にありがとうございます。

もし、お時間が、ございましたら、紙芝居を観に来てやって下さいませ。また、御自分でやってみようと思って下されば、こんな嬉しいことは、ございません。紙芝居は、やればやる程、奥の深いものだと思います。どうか、一緒に紙芝居の扉を開いてみませんか?紙芝居は、何時でも何処でも誰にでも手渡せる、素晴らしい日本が産んだ文化です。一人でも出来るし仲間とやっても楽しいですよ。これからも、宜しくお願い致します。ありがとうございます!

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明日に向かって・・・11月13日

次女の結婚式が、無事に済み、気の抜けた炭酸の様な日々を、昨日今日と、送っていた。だが、いつまでも、寂しい裾を引きずっている訳には、いかない。

わたしには、紙芝居に纏わる、さまざまな予定が、待っているのだ。紙芝居を楽しみにしてくださっている、子供さんは元より、大人の方、親子さん方・・・全ての方々に喜んで戴ける様に、明日からまた、稽古に励もう!

どんなに、ささやかな、お話会での実演でも、気を抜くな。観て下さる方に、申し訳ない。

どんなに、立派な舞台に立たせて戴いて、演じても、驕り昂ぶるな。きて下さっている方が、不愉快になる。

これが私の紙芝居に対する、コンセプト・・・拙い紙芝居を与えられた場所で、精一杯やらせて戴く喜びを感謝の気持ちを持って、務めさせて戴こう!

明日に向かって、前を見て、さあ、私の人生の仕切り直し、第三部の始まり始まり・・・・

           byみかん

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いよいよ明日か・・・11月10日

いよいよ明日だ!明日が娘の結婚式かあ・・・・・

明日が結婚式だという今日も今日とて、私は、午前中或る処で、紙芝居を演じさせて頂いた。在り難い!紙芝居が、私の心の寂しさを忘れさせてくれる。

こんなに複雑な気持ちになるとは、よもや、思わなかった。改めて、自分の父母、夫のご両親に感謝したい。ありがとうございます!よくぞ、こんな一人娘と長男の私達の結婚を許してくれました。

自分の娘を嫁に出すことが、こんなにも、切なくて寂しいなんて、思ってもいませんでした。

でも、過去は振り返らない。私は、娘の幸せと、これから自分の人生の夢を願いつつ生きて参ります。過去と他人は、かえられない。変えられるのは、未来と自分・・・

人間の幸不幸は、考え方次第でどうにでもなる。だいぶこの様に、物事をいい様に捉えられる様になったのは、紙芝居と、紙芝居でご縁を結んで戴いた、たくさんの方々のお蔭だ。

私はこれからも、紙芝居の舞台を担いで、観て下さる人々に感動と勇気と笑顔を抱いてもらえる様に、そして、それが私の喜びとなる紙芝居の演じ手と成り得たい。昨日、映画の「AIWAYS 続 三丁目の夕日」を観て思った。これからの時代は、確かに心の豊かさを求めているのだと。そして、私がやらせて頂いている紙芝居は、確かに共感の感性を育むもので在り、これからの時代を担う子供さんは元より、全ての人々に、必要不可欠な文化なのだと、確かな実感を感じ取り、日々邁進している、みかんであった。

               byみかん

PS

もう一人娘がいてて良かった!痛い思いして産んで、年子でしんどかったけど、子育てした.甲斐が、ありました~孫が出来たら、l絶対に、「おばあちゃん」なんて呼ばせまへんで

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iいろはにほへと 11月8日

いろはにほへととは、昔、幼かった頃、たんていごっこと云う遊びをする時に、泥棒と、探偵を決める時に、みんなで歌った、懐かしい唄!

いろはにほへととは、中学生の時、国語の授業で、初めて古典を習う時の教えてもらう歌!

いろはにほへととは、大学の授業で、その歌の意味を学び、恋する人が気持ちを表現して創られた詩歌であると、教えてもらい驚きと、感動を味わった恋歌!

たった一つの言葉なのに、私の成長と供に、こんなにも捕らえ方が、変化する不思議な言葉・・・

そして、昔の子供達が 初めて文字を覚える、手習いになる言葉だ。

絵本で、今江祥智さん作、長谷川義史さん画の「いろはにほへと」と云うのが在る。ご存知のお方もおられると思うが、この、「いろはにほへと」と云う言葉が、ひょんなことから、隣同士、仲の悪かった国が、この言葉のお蔭で、戦争を免れ、また、この言葉を思い出すだけで、みんなが、にこにこと笑いたい気持ちになって、家族の仲や、主従の関係や、通りすがりで、ぶつかった人同士さえも、喧嘩にならないという、不思議な魔法の言葉。

人間同士の関係なんて、言葉一つで良くもなるし、わるくもなるのだと、いろはにほへとの意味が、判らなくても、同じ言葉を共有することで、良い関係が築けるのだと、「なあるほど!」と、少し日本語の奥の深さを理解することが、出来たみかんであった。

           byみかん 

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言葉と心の豊かさ  11月7日

以前にも、このブログで話したことがあるが、私が、中学生の時に、校長先生に教えて戴いた、大切な三つの言葉、それは・・・

「ありがとう」「ごめんなさい」「どうぞ」

この三つの言葉を忘れている人々(私も含めて)が、あまりにも多い世の中だから、こんなにも、息苦しい、世知辛い時代になったのではないだろうか?

もう二つ、「お蔭様」と、「感謝」は、昔の日本人の心の美しさの真髄を表現する言葉だと思う。昨今、あまりにも物質的に豊かになり過ぎて、心の豊かさがなくなってきているのは、多分、この大切な二つの日本人の心情が失われつつあるからだろうと、私は思う。

物の豊かさと、心の豊かさは反比例するのだろうか?否、それは、一人ひとりの人間の生き方の在り様で、どうにでも成り得ると、私は思う。

教育だ!教育こそが、人間的成長を司る根幹の役割を担っている。今、自分に自信を持てない大人のなんと、多いことか?私達の務めは、次の時代を担っていく子供さん達に、日本人の編み出した、出来るだけ美しい言葉を伝えていくことで、心の豊かさを失わない世の中になって欲しいと想う、みかんであった。

                by みかん

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みかんの予定 11月4日

憚りながら、このブログの場をお借りして、不肖、私、青空視観(みかん)の紙芝居の予定を、お知らせさせて戴きます。どんなんか、観てみよかなあ~と思って下さる方、大歓迎!

11月10日 (土) 河内天美我堂公民館 10時20分~11時 「ふれいサロン」

            地域の高齢者の方々に、紙芝居を披露させて戴きます。

11月18日 (日) 土佐堀公園 (午前中) 土佐堀YMCA 「わいわい広場」

            公園の一角で、子供さんを中心に紙芝居を観てもらいます。

11月18日 (日) 大阪市立中央青年センター (谷町線谷町4丁目下車東へ徒歩8分)

            紙芝居入門教室 「マイ紙芝居を持とう!」 14時~16時 (千円)

11月23日 (金) 大阪市生涯学習フェスタ  10時30分~11時20分 (入場無料)

            「紙芝居のお話宝箱」 大阪駅前第2ビル5階 特設ステージ

11月25日 (日)  大阪市平野区全興寺(せんこうじ)の街頭紙芝 午後2時と3時

全ての口演、教室のお問い合わせ TEL、FAX 06-6621-24676 山口 迄

紙芝居は、観客の皆様が観て戴き、みんなで創っていく、素晴らしい居場所であると、私は思います。紙芝居をさせて頂いて、子供さんは、元より全ての観客の皆様に喜んだり、感動して戴くことが、私達、紙芝居を演じさせて戴く者の、最高の喜びだと、常に、感謝の気持ちを持って、口演させて戴きたいと想っております。また、紙芝居は、いつでも、どこでも、誰にでも、喜んでもらえる、素晴らしい文化です。もし、紙芝居に対して、少しでもご興味のお有りの方が、おられましたら、お気軽に紙芝居を始めてみられませんか?

こんな世知辛い世の中だからこそ、人と人とが、生身で、触れ合える紙芝居を、わたしは、次の世代の子供さん達に受け継いでいってもらいたい気持ちで、毎日不器用なりに、稽古に励んでおります。私のもう一つの夢は、世界中の子供さん達に、紙芝居を観てもらうことです!まずは、皆さんのお力をお借りして、大阪に、紙芝居の輪をひろめていきたいと、想います。どうか、宜しくお願い申し上げます。ありがとうございます!

               byみかん

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笑いのつぼ 11月3日

はよく、へたなだじゃれを家族が居る時に言って、受けをねらって、みんなに笑ってもらおうとすることが有る。

だが、娘達は、全くわたしのだじゃれに対して、笑顔一つ返すどころか、却って、しらけ鳥が飛び回り、辺りには、不穏な空気さえ漂う気配がするのだ。私は、いつも何故彼女達が、全く笑わないのか、やっと判ったのだ!それは、今日の夕飯の後片付けをしていたときだlった。

私の母が、冷蔵庫の奥のほうから、もう、何ヶ月も前から入れてあった、封をして、開けていない、わさび漬けを出して来て、「この、わさび漬け、まだ、大丈夫やろか?賞味年月日が、見えにくいから、(顕微鏡)で、見て見るわ!」と、母は、急いで奥の部屋に行き、顕微鏡?つまり、虫眼鏡を探しに行ったのであった。

その、一部始終を見ていて、長女が、おかしくて、笑いのつぼにはまったのである。私も、虫眼鏡と顕微鏡を言い間違えた頭の中で考えると可笑しくてしかたがなかった、その、あまりにも落差の違う名前が、突然、母の口から、自然に出てきたことで、顕微鏡で、わさび漬けを調べる様子が、思い描かれ、お腹をかかえ涙がこぼれるほど、大笑いをしてしまった

これだ!人を笑わすのに、技術は無用・・・どうしても、わさび漬けを食べたかった、その母の必死の想いと、そのために、賞味期間を調べようとして、思わず母の口を付いて出た、「顕微鏡」と云う、全くミスマッチな物が登場し、顕微鏡で、わさび漬けをしらべている、姿が、なんとなく想像してしまい、兎に角、みんなの笑いのつぼにはまってしまったのだ!

人を笑わそうと考えるよりも、笑わそうとおもうことなど、みじんも思わず、一生懸命にやっていることが、ちぐはぐで、ポイントからずれている・・・しかも、本人は、真剣になればなるほど、おかしいのだ。

「わらわそうと考えず、自然体で、ミスマッチなことを、真面目な顔ですると、案外、笑いのつぼを発見出来るのだと、家族におしえられた、みかんであった。

             byみかん

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むっちゃんへ 

むっちゃん、ブログを見つけてくれて、コメントを下さり、本当にありがとう!高校時代の私は、控えめでおとなしかった?けど、今は、こんなにすくすくと育ち、あの頃よりも、元気でたっしゃでいます。むっちゃんも、とてもお元気そうで、本当になによりです!来年も、みんなの元気な顔を拝見するのを楽しみにしています!ありがとうございます!  (ローズ)

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いよいよですね! 11月1日

すわっ!11月に入ったとたんに、我が家は、急に慌ただしくなった。それは、娘達が、部屋の大掃除を始めたからである。普段は、たこ部屋(失礼)のような、部屋を整理するのだから、それは、それは、大変な大掛かりなおかたづけである。

いよいよ、娘の結婚式まで、後十日・・・これも人生の一区切りと割り切り、私は娘に、精一杯、最後の親らしいことをさせてもらおうと、人一倍自立心の強い娘だが、彼女の気持ちに寄り添いながら、行動することが、私の務めと思い、荷物で、一杯になった、廊下の片隅で、このブログもどきを皆様に発信させてもらっている。

持って行く荷物よりも、処分する物のほうが多い。、もったいない消費をしていた我が娘のようだが、人間、暮らしていくのにそんなに、多くの物は要らないからと、、不要の物で、まだ使えそうなものは、リサイクルして、活かせるようにと、近所のスーパーで、販売出来るBOXを借りた。

これからの、十日間をいかに、後悔せずに、気持ち良く家族が、暮らしていけるかを考えることに、力を注いでいこうと想うみかんであった。

              byみかん

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自分を労わる 10月31日

最近の私は、少し気持ちばかりが、あせって、空回りしている様に思われる。今日も今日とて、昨日、或る場所で知り合ったs、全く初対面の方に、今日行なわれる、平野区のCBの案内をしておきながら、当の本人は、朝から、死んだ魚の様に、ぐったりとして、どうしても、身体が言うことを、聞かず結局、無断で欠席してしまった。(世話人の皆様ごめんなさい)

どうも、私は、あまり深く考えずに行動をしてしまう、悪い癖があるようだ。友人に話をきいてもらったら、『貴方は、少し頑張りすぎていて、自分のことを大切にしていないのでは、ないか?もっ、自分の内なる声を聴き、しんどいということは、身体が悲鳴をあげているのだから、その声を素直に聴いてあげればいいよ。」というようなことを、言ってもらえた。

なるほど、確かに私は、自分のことが、大好きだと思っている。だが、その、大好きな自分の心身を労わってあげることなんか、考えていなかった。しんどくなったら、「ストップ!」

これからは、この思考過程を身につけて、これからも細く長く生きていき、まずは、皆様にいい関係をきずいていける、余裕を身につけていこうと想います。

               byみかん

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