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2007年10月

一度やったらやめられない10/28

毎月第4日曜日は、平野区に在る、全興寺さんで、2時と3時に、境内の楠木の下で、紙芝居をさせて戴いている。今日も、昨夜の同窓会に出席して、みんなにもらったパワーと勢いに任せて、お寺に意気込んだ。

最近は、お蔭様で紙芝居に興味を示してくださる方が増えて、2時からの口演は、凄い人出で、子供さんよりも、大人の方のほうが、圧倒的に多かった。今日は、何時も中心になって、紙芝居をされている、プロの紙芝居師の鈴木津常勝さんが、お休みで、ちょっと心細かった。でも、今日初めて参加して、紙芝居を演じてくださった方が二人来られたので、川口御住職と、私と4人で、何とか2回の口演を無事に終えることが出来た。

この全興寺さんで演じさせて戴く場が、わたしの紙芝居道場のような気がする。他の場所で、いくら満足のいく、紙芝居が演じられても、此処の場所に来ると、どうしても納得がいかない、お粗末な実演しか出来なくて、本当に悔しい思いをする。だが、その悔しさがバネになって、来月こそはと、毎晩、けいこに勤しむ活力になる、みかんであった。

             byみかん

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24の中年の瞳 10月27日

今日は、高校の同窓会に参加した。高校を卒業してから、ずっと、何十年も会っていなかったのだが、3~4年前に初めて、卒業して、ちょうど30年経ったのを吉祥に、同窓会をやろうと云うことになり、今回で、三度目の同窓会となった。

みんな、なんと言っても、50の坂を越えた、一番大変な時期だと思うのだが、活き活きとしている。誰一人として、目が死んでいる人など居ないと云うことが、何よりも一番素晴らしい。30年以上前の、高校時代と、寸負も変わっていないのだ。強いて、変わった事と言えば、身体の体積?と、頭の髪の毛の色や、数?くらいなものだ。

松居君、いつもいつも幹事のお役目を自分から、勝って出てくださり、本当にありがとう。来年も宜しくお願いしていいですか?貴方の優しさには、本当に何時も感謝しています。

奥村君、体調が、あまり良くないように聞きました。とても心配です。労わってください。いい場所を紹介してくれて、ありがとう!お酒と焼酎の差し入れ、ありがとうございます。

波多野さん、幹事のお役目、ありがとうございます。貴方のきめ細やかなおもてなしが、とても、嬉しかったです。お世話になりました。

中西君、あなたの饒舌なその存在感の在る、会話の内容が、みんなの話題の起爆剤になって、とっても楽しかったです。ムードメーカーを担ってくれて、ありがとう!

高月君、少しシャイな性格の貴方が、同窓会の会を重ねる毎に、明るい笑顔を見られるようになって私も嬉しいです。今年の忘年会には、私も参加したいです。一緒に参加していいですか?ぼぼさん?

ぼぼ、(竹中君)、貴方とは、小学校から、高校迄、ずっと同じ学校だったのに、家もほんまに、サンクスみたいに、「すぐそこ」だったとは、露知らず、同窓会をすると決まってから、初めてその事実に、驚きました。カメラマンのお務め、ありがとう!

チーボー(本田君)、同じクラスだった、ミツマ(まつみさん)と結婚されて、今は幸せな家庭を築いておられ、本当に良かったです。東京で単身赴任されているとのこと、お身体を大切にしてくださいね!

岡(おか)貴方とお会いするのは、本当に何年ぶりのことでしょう?同窓会をやり始めて初めて出席してくれて、ありがとう!すごく細くなられましたねえ。うらやましいー

みっちゃん(旧姓、松谷さん)前回に引き続き、今回も来てくれて、ありがとう!飲み物等のオーダーをすすんでしてもらい、在り難かったです。

むっちゃん(旧姓、立野さん)毎度はるばる、この同窓会の為に、名古屋から駆けつけて来てくれて、ありがとう!やどかりを飼っている弟さんの為に、料理に出た、さざえの殻を持って帰る優しいお姉さんですね。

みつま(本田さん)貴方とは、同じ大学を受験しましたね。貴方は短大の保育科に行かれ、今は、子供さん達のために、がんばってお仕事をされていると聞き、嬉しかったです

そして、ローズ(旧姓 保田)これが、私の高校の時に呼ばれていた、あだ名です。あの頃から、芸の道を目指そうとしていたのでしょうか?兎に角元気に参加することが、出来ました。本当に嬉しいです。

この12人の中年の若者?が、同じ学び舎で、机を並べ勉強は、ともかく、同じ教室で過ごしたことが、ついこの前のような気がします。

年は、もっと大勢のクラスメイトが、集まることを願ってます。

最後に、私は、この高校に入学して、たくさんのクラスメイトと過ごした時間を今も何よりの、心の財産だと、何時も思っています。自主独立の精神が、この学校の教育精神です。とても、大切な心を、この学校で学ばせて戴いたことを、これからもずっと、誇りに思って生きていきたいです。

            byみかん

 

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成功への近道 10月26日

今日は、大河萬子次先生に教えて戴いた、成功への近道の教訓をみなさんに紹介いたします。

「人間は人間で在りたい。自ら学び、自ら考え、才能・能力・知識・知情意・教養・調和にあり、人間として豊かな、価値ある人間の人間たる本分を忘れず、全うする人間でありたい。その為には学の道を、学育・学問・学習・学芸の素晴らしさを、自信と健康に注意して、長く継続することが必要である。先人達の叡智は、私達が明日に向かって生きる糧であり、必要なものが多い。

心を燃やし続けて、生きていけるこの日々をなみだがいつしかこぼれても。この夕日に向かって!」

気 付 即 行動

思いついたらすぐやろう。

 常識は、行動を留ませる。

 理性は、行動を鈍らせる。

 常識は、理性の力であり、文化の力である。

これが、成功の近道である

何如がでしたか?自分の夢を実現させて頂く為にも、私は、特に、最後の三行の言葉をしっかりと、頭に叩き込んで、行動していきたいと、想います。

              byみかん

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もう一人の自分 10月24日

私が紙芝居を始めたきっかけは、私の生涯の恩師、大河萬子次先生との出逢いであった。或る、公共施設で、紙芝居なんて、「アンパンマン」の紙芝居でもしたら、子供さんは喜ぶだろう(やなせたかし先生ごめんなさい!)と思って、軽い気持ちで、紙芝居をやらせて戴いた。その時、一緒に手品を披露してくださった、大河先生が、私の紙芝居を観られて、先生のサイン帳に、お礼んの辞を書かせて戴いたところ、先生から、世阿弥の「風姿花伝」の一節を書いて、送ってくださった。

私は、意味が判らなかったので、先生に電話で、どういう意味なのかと、お聞きしたら、表現芸術の最高の境地とは、舞台で演じている自分の姿をもう一人の自分が観ていることが出来ることが、一番素晴らしいのだと言うようなことを教えて戴いた。

何故そのようなことを、私に教えて下さるのかと、問うと、「今、貴方がされていることをずっと続けていかれなさい。」とおっしゃった。呑み込みの悪い私は、「どういうことですか?」と尋ねたら、「紙芝居ですよ!紙芝居をこれからもおやりなさい。」とおっしゃってくださった。

これが、私と大河先生と、紙芝居の出逢いであった。先生の教えて戴いた、「もう一人の自分」と出逢うことの出来る日は、まだまだだが、そういう自分になれるべく、私は夜の更けるのも忘れて、今日も紙芝居の練習に勤しむのであった。

             byみかん

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世界一美しい国 10月23日

私達が住んでいる国、日本で一番誇れることは、四季の移ろいが在り、その季節ごとに、美しい景色を観ることが、出来ることだ。

たとえば、富士山の姿一つにしても、本当に様々な美しい光景を私達の目の前に見せてくれる。

昔の人々は、そのような四季の変化に対して、特に敏感に感じ取り、その感動や、心の有り様を和歌や、俳句などで表現して楽しんでいた。

だが、現代人の私達は、果たしてどれだけ季節の変化の情景を感じ取る人間が居るだろうか?毎日下を向いて携帯を握り締めて、メールをしたり、移動するのも車に乗り、目的地から、目的地へ行くのだから、周りのほんの小さな景色おも見ようともせず、感動することを忘れているのではないだろうか?

心の底から美しいと思える感性が欠落していきそうで、私は、危ないと危惧する昨今である。子供の頃から、季節の行事や祭りを楽しみ、日本の美しい伝統文化に触れる機会を設け、先人の人々が守ってこられた、日本独自の美しい感性をこれからも、次の世代に引き継いでいきたいと想うみかんであった。温故知新が一番ベスト!

                byみかん

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私の夢  10月21日

             byみかん

私の夢は、地域の方々が、安心して過ごせる居場所を造りたい。赤ちゃんも子供さんも大人も若者も、高齢者の方も身体に、ハンディーのある方もでない方も、兎に角みんなが、心の底から笑えて、ほっこりと出来るオアシスのような居場所・・・・

こんな世知辛い世の中は、もう沢山です。弱い子供を傷つけたり、殺したり、格差社会か何か知らないけれど、墓場の中までお金を持って行ってもなんの値打もありゃしない。16モン銭が有れば、三途の川はわたれるのだから、お金を必要な人に平等に分かち合える世の中になってほしい。

病気になっても、どれだけ歳を重ねて生きていても、安心して暮らしていける保障が欲しい。

子供のとき、大きくなったら将来に夢を持てる世の中になってほしい。

私の夢は、自分は決して、独りではないとかんじることが出来る、何時もなごやかな空気に包まれた、心地良く過ごせる居場所を造りたいのです。

そんな居場所で私は、みんながお腹をかかえて笑ってもらえる紙芝居や、感動で涙が溢れて止まらない紙芝居を観てもらえたら、とっても幸せだ。きっと、そんな居場所を造らせていただきます!いつも青空視観の紙芝居をご贔屓にして戴き、誠にありがとうございます!

           byみかん

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現世に生まれた意味10月20日

今日は、コンタクトで、目を傷つけてしまいました。従って、一言だけ、述べさせて戴きます。

今孤独に苦しんでいる人達へ

貴方は、決して独りでは、ありません。苦しいこと、悲しいこと、生まれてこなければ良かったと思っている人、貴方がこの世に生まれてきたのには、必ず意味が在ります。誰一人として、存在しないでいいと言う人間は、居ないことを、覚えておいてくださいね

                byみかん

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言葉は生き物 10月19日

私は、言葉を扱っている活動をしている。紙芝居は、言葉をとても大切にして、作家の方が、自分の人生そのものをこめて、書かれた脚本で、演じるのだ。私もへたくそな文章を書くが、そんなわたしでも、「て、に、、を、は、」等の助詞一字でも、ああでもない、こうでもないと試行錯誤して、考える。最近、私は、こんな活動をしているので、なお更、日本語の乱れが、気にかかる。

「うざい」「きもい」「別に・・・」などや、また、丁寧語や尊敬語、謙譲語などは、皆無に近い。また、一番困るのは、単語だけしか言わないケースだ。品物を買うときに、「~を下さい」と云うところを、「からあげクン・・・」もっと、こまるのは、指を指して「これ」と云う言葉も発しないで、無言で、指し示し、こちらで、確認をしないといけないケースだ。

要するに、言葉を知らないと言うよりは、コミュニケーションが、図れる程の言葉の語彙を持ち合わせて居ない人が、あまりにも増えてきているのではないだろうか?

言葉にして、初めて相手がなにを言いたいのかが、判るのであって、言わないでも何とか生活出来る、昨今の社会の構造自体に、問題が在るのかもしれない。

何が言いたいといえば、私達は、もっと言葉を大切にして、出来るだけ相手が、いい気持ちになれるような言葉を選び、より良い人間関係を築いていくためにも、もっと、出来るだけ多くの言葉を自分のものにしていくことが、たいせつなのでは、ないだろうか?

「言葉は、人と人とを繋ぐ架け橋だ!」

            byみかん

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折れない心  10月18日

久しぶりに、テレビドラマを二本続けて観た。一つは金八先生、もう一つは、仲間由記江の「ジョシデカ」だ。この「ジョシデカ」の番組の中で、拳銃の腕だけは、だんとつに上手いが、あとは、なにをやっても失敗ばかりする女刑事に、仲間由記江が扮する。

彼女が、失敗をして、上司の泉ピン子にぼろかすに言われ、落ち込みそうになった時に、警察学校で、教官の片平なぎさに言われた言葉を思い起こし、立ち直り奮起する。その言葉が、「負けない心」だ!私は、以前にも何かの番組で、同じような言葉を聴いて、記憶している。それは、「折れない心は負けない気持ち」

何故かこの言葉が、私の心に焼き付いている。以前にもこのブログで述べたことが在るが、私は、家庭の問題で、色々あって、本当に何度も死のうと思ったことがあった。

だが、今、私がこうして生きているのは、何も心が強くなったからではない。私は、どんな状況になっても、自分で、自分のことを肯定できるようになったからだ。紙芝居と出逢い、どんなに夫に責められても、私は、私が大好きだという気持ちをずっと、抱くことができるようになれた。

人様にどう思われているとか、嫌われたくないとか考えないでも、紙芝居のお蔭で、自分の心のバランスを保つことができるようになれたのかもしれない。

だから、私は、「折れない心は、曲げない気持ち」と自分で解釈している。いつも。真っ直ぐに、自分自身と戦うのではなく。自分自身を抱きしめてあげる。自分に花丸をあげる。

自分を好きになれば、人にも優しくなれるのでは、ないのかなあ?私は、いつもそう思って、これからも、ずっと「私」と付き合っていこうと思う。

~折れない心は負けない(曲げない)気持ち ~

                 byみかん   

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公立高校の星 10月16日

NHKの番組で、京都市立堀川高校の校長先生の取り組みが、紹介されているの見た。公立高校は、ややもすると、大学の予備校的存在として見られ、現役で、大学に合格するのが、難しく、昨今の傾向として、私立の高校に進学する選択学生が増えつつあると云う。

かく言う私もご他聞に漏れず、公立高校の出身で、或る私大の予備校だと言われていた。話を元に戻すが、この堀川高校は、此処7,8年で、大学の進学率が、ダントツに伸びたそうだ。それは、何故か?それは、進学の為の猛勉強をさせた訳でもなく、生徒達に、それぞれ、自分の取り組みたい研究のテーマを選ばせて、自分で、工夫して、自由にその研究を推し進めていった結果だそうだ。

自分が『何故だ」と疑問に思ったことを徹底的に、調べること。これこそが、学力を身につける根幹となっていくのいだと思う。いい大学にいく為の勉強の為の勉強をするのではなく、知りたいと思ったことを、もっと、掘り下げて、学ぶためには、あらゆる総合的な学習が必要になってくる。自ら考え、自ら調べ、自ら判断し、自ら結論を出す。正しく、生きた学習を彼ら、彼女達は、実践しているのである。

その生きた学習で得た知識が、自然と自分のものになり、結果として、学力が向上するのであろう。この方法を編みだされた校長先生は、受験を前にして、悩み苦しんでいる、3年生の生徒を集めて、何をされたかと云うと、おもむろに、指を組んで、指笛を吹かれた。

叱咤激励するのではなく、美しい音色で、校長先生が吹かれた指笛の音色を聞いた受験生達は、どんなに心が和み、癒され、勇気づけられたことであろう?人間の心を動かすのは、やはり、感動を与えることであると、私は思った。

               byみかん

          

これからの教育の在り方に、一石を投じられた

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役に立つ犬(奴)10月15日

最近、我が家は、父母が入院し、娘達もそれぞれ、野放し状態、旦那は、行方知れず?とまあ、かく言う私も、一度家を出たら、仕事や、野暮用で、帰宅するのが、夜になることの方が、多い。

そんな、留守勝ちの我が家を守っているのが、愛犬?チャクである。彼は、今度結婚する娘が、小学生の時に、クラスメイトから、もらって来て、ずっと我が家の番犬の務めを忠実に担ってくれている。

普通の犬よりは、遥かに愛想が悪く、そして、飼い主に似たのか頑固だ。散歩に連れて行っても、自分がこうと思ったら、てこでも動かない。父が、元気だったころ、毎朝、毎夕、一時間以上散歩に散れて行き、このぼんぼんに、すき放題に、散歩をさせていたのが、今だに尾を引いている。

独りで留守番をしている時が、多いかれだが、なかなか番犬の腕はたいしたもので、知らない人が、家の敷地にちよっとでも入ってこようものなら、親の敵の様に吠え、時には、噛み付こうとする。

そんなこんなで、彼は、我が家の安全を守ることが、自分の使命だと思っているようだ。この、娘の置き土産になる番犬、厭、ぼんぼんが、私はこの上なく、憎らしいけど、可愛いと思っているのである。

            byみかん

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我が駄詩  10月13日

今日と云う日は・・・・           山口朗鳳

今日と云う日は二度とやって来ない

やって来ない今日は私にとっては

大切な大切な宝

お金や宝石が大切だと思う人もいる

地位や名誉が必要だと言う人も在る

だけど、私はやっぱり人が好き

限られた一日24時間の生活の中で

人と人との出逢いや、触れ合いによって

たくさんのことを気づかせてもらえることが

何よりのわたしの財産

世界中の何処を探しても見つからない

心の底から突き上げてくる、この衝動は

一体何処から湧いてくる?

無心の見返りを求めない社会に対する恩返しの想い

それが、私の原動力

理屈ではなく、感性のエネルギィーが私を動かすのだ!

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カウントダウン1ヶ月 10月11日

いよいよ、娘の結婚式まで、後残すところ1ヶ月となった。嗚呼、あんなに大きな声で、私に抱かれて泣いていた、我が子が、嫁ぐなんて・・・とても、複雑な気持ちだ。

せやけど。もろうてもらえる時にもろうてもらわにゃと、自分に言い聞かせている。小さい時から、お姉ちゃんに鍛えられて、向こうっ気の強い子で、小学生の時は、よく、クラスの男子を相手に喧嘩をして、悩ませられたものだ。

4歳の頃、滑り台の上から、落ちて頭の骨を折った時は、もう、この子は身長が伸びないのではないかと、心配して、毎日柱の前に立たせて、せいが伸びているか、柱にしるしをつけていた。今となっては、笑い話になるが、その時は、真剣に悩んだ。

いつもお姉ちゃんに泣かされていたのに、お姉ちゃんの後についていって、遊びに行き、お姉ちゃんに、ほって行かれたといっては、大声で家の中まで聞こえるぐらい泣いて帰って来た。

スーパーに就職して、初月給で、私に口紅をかってくれた。本当に嬉しかった。

昔のことを振り返れば切りがない。彼女のこれからの幸福をただただ願うばかりである。

女の人生は男の人次第である。だが、家庭を築くのは、女の裁量で決まる。どうか、妻失格の母親が、言うのも憚るが、温かい家庭を築いていって欲しいと切に願うみかんである。

             byみかん

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子供さんが大好きや!10月10日

今日も、私が勤めている塾で、新しい生徒さんを受け持たせて戴いた。彼は小学4年生。腕白盛りの学年だ。その、S君は、とても元気が良くて、生き生きとしている。

少し落ち着きがないのが、気になるが、なんと言っても、彼の凄いところは、初対面の私に、日常の出来事を、絵や図を描いて、事細かに解説してくれる。その記憶力といい、説明の方法が、見事だ!また、彼は、自分の思ったことや、考えたことを、すぐ、その場で、私に伝えてくれる。前の先生と違う方法で、やろうとすると、彼は前の担当の先生に直接尋ねて、自分が、納得いくまで、追究する。

とにかく、彼は、今まで受け持った生徒とは、全く違って、とても、アクティブなのだ。勿論、他の生徒さんも、それぞれ、とてつもない可能性を秘めていて、どの子もみんな素晴らしい。子供さんは、私達の未来そのものだ。大切な宝ものなのだ。

貴方達のその無限の可能性をで来るだけ沢山伸ばしていける、私は、お手伝いをさせて頂いて、本当に嬉しい限りである。

勿論紙芝居を観てもらう事で、更に、それぞれの宝石の原石を磨くことが、出来れば、こんなうれしいことはない。

とにかく、しのごの申したが、私は、理屈抜きで、子供が大好き!子供達の笑顔を見ることが、私の最大の喜びである。

               byみかん

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空気を読むより・・・ 10月9日

最近「KY」と云う言葉が流行っているそうだ。これは、「その場の空気を読め」と云うことらしい。私は今日たまたま、NHKの或る番組で、渋滞の研究をされている、東京大学に西川先生のお話を聞かせて戴き、とても含蓄の在るな内容で、興味を抱いた。

渋滞言うと、すぐに車の渋滞を連想するが、この方は、全ての物の流れについて、研究をされている。数学者ではありが、人間の行列や、その心理にまで、研究を探求されて、非常におもしろい。

最初の話にもどるが、日本人は、特に昔から、その場の空気を呼んで、行動することを、あたかも、必要とされてきたが、その、先生は、「空気を読むことより、流れを知ることが、大切である。」とおっしゃった。なるほど、確かにそうかもしれない。何も言わなくても、その場の空気を察知して、行動することも、大切かもしれない。だが、そうすると、自分の意思が、そこで消えてしまうことがある。場の空気を読むことばかり、考えると、自分の個性が損なわれてしまうかもしえない。

そこで、「流れをしる」ことが、大切になって来る。要は、先を見据えることが大切だということだ。その場その場を旨くきりぬけることよりも、物事の流れを予測し、その流れに、如何に自分が乗ることが出来るかということだ。先の流れを予知できれば、自ずと、自分は。その場その場の対処に、余裕を持って行動できる。

また、自分と云う個人を尊びつつ、場の雰囲気に合わせることも可能である。まさしく「流れをしる」ということは、一石二鳥である。

渋滞を研究されている、数学の先生が、実は、人間の最も奥深い心理学の奥義を究めめておられるのだということが、とっても、おもしろく、考えさせられた、みかんであった。

             byみかん

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マリッジブルー 10月8日

「マリッジブルー」この言葉をご存知のお方も、おられると思うが、どうやら、家の娘も、その境地に陥っているように見受けられる。

私にも覚えがある。結婚を間近に控え、心が、不安と寂しさと期待と、喜びがごちゃ混ぜになり、要は、ヒステリィー状態になることがあるのだ。

結婚と云う人生の大きな転機に、自分の気持ちが複雑な化学反応を起こし、とんでもないエネルギィーを発する。これの対処方法は、本人の気の済むまで、泣かして、気持ちが治まるのを待つしか、方法はない。

でもね、本当に泣きたいのは、結婚式を終えた後の、お母さんだよ。赤ちゃんの時から、親譲りの声の大きな赤ん坊で、それは、それは、往生して育てた貴方が、嫁ぐのだから、なんとも言いようの無い寂寥感に駆られると、今から覚悟しているよ。

貴方が、幸せになってくれることだけを望み、母は、まだこれからやりたいことをやらせて戴き、紙芝居の普及活動を推し進めていく所存です。

26年前の私と同じ気持ちの娘へ、いつまでも、明るい家庭を築き、だんな様に可愛がってもらってね。母のたった一つの願いです。 

                  byみかん

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虫は無視出来ないのか10月7日 

今日は日曜日、何時も我が家の娘達は、日曜日の朝は、ハンバーグを買いに行き、食することにしているようだ。

わたしはも、きょうは、さすがに、東京から帰り、少々疲れていて、朝も起きるのが遅かった。そこで、娘達と一緒に、自転車で近所のハンバーグ店で、テイクアウトして、我が家で昼ごはんを兼ねて、サラダセットのハンバーグをたべていると、急に下の娘が、「あーっ!サラダのレタスに虫が付いている!」とのたまった。私は、無農薬野菜だから、きっと虫が居たのだと諭し、気にしないで無視したらいいと言った。

だが、納得いかない娘はお店に電話して、その旨を伝えた。とにかく、気持ちが悪かったことをいいたかったのであろう。別にお金を返して欲しいとか、商品を交換して欲しいというのではなく、企業としての責任と本人の身持ちを伝えたかったのであろう。

たかが、虫一匹、されど無視できないこの現実をわたしは、どう受け止めていいものか悩みながら、飽食の時代だからこそ、たかだか、小さな虫一匹でも無視出来ない様になったことが、今の現代社会の世相の一端を映し出しているような気がした、みかんであった。

             byみかん

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東京での修行を終え 10月6日

昨夜、東京の巣鴨に在る、童心社さんの紙芝居劇場での連続講座を修了させて戴いた。私は「天人のはごろも」を実演させて戴いたのだが、講座が始まる前から、心臓がドキドキして口から飛び出しそうだった。童心社の社長の酒井京子さんから、「山口さん、今日は、自然体でやりなさいね。」と云うお言葉を掛けて戴き、私は、前の夜、母に言われたのと、同じ「自然体で」と云う言葉に安堵した。

「そうや、これで最後の東京での実演になると思うから、同じやるなら、自分が楽しんで、いつもどうりの演じかたでやったらいいやん!」と、気持ちがとっても楽になった。

本番で、私の演じる番が回ってきた。私はいつもの様に、紙芝居の順番をたしかめ、舞台に入れて、舞台の扉をおそるおそる開けた。すると、なんと、舞台の裏に置いてある電気の光で画面が光り、書いてある字が判読できないではないか!私は」あせった。だが、今まで、いろいろな場所で演じさせて戴いた経験が幸いしたのか、即座に電器の向きを反対にひっくり返した。すると、lとても見易くなり、私は平静さを戻すことが出来、なんとか最後まで、演じることが出来た。

私は、何時もどうりとまでは、いかないが、なんとか自分の持ち味を出して演じさせて頂き、皆さんの共感してくださる空気を感じ取ることが出来、大変嬉しく思った。

思えば、3年前に、紙芝居のことなど、なんにも判らず、東京の連続講座を受講させて戴き、たくさんの全国から来られた、紙芝居仲間の方々と交流を深めながら、まついのりこさんを筆頭に、本当に紙芝居のことについて、多くのことを学ばせていただいて、全ての方々に感謝の子持ちで一杯である。

これからは、まだまだ、修行の身では在るが、東京で学ばせて戴いたことを、出来るだけ多くの紙芝居を演じようと思っておられる方々に伝えさせて頂くのが、わたしの役割と考え、まだまだ、未熟ではあるが、紙芝居の入門講座を月に一度開講させて戴いている。

詳しい内容は、市民学習センターで、チラシなどを見てください。次回は、10月21日(日)大阪市立難波市民学習センターの第一研修室で午前10時~12時迄行います。受講料は、一回につき、千円です。

もし、ご興味の在る方は足をお運び下さいませ。今回は、紙芝居の歴史についてお話させていただきながら、いろいろな紙芝居の実演も観て戴こうとっております。

お問い合わせ、お申し込み先

電話 06-6621-2467 (FAXも同じ) 山口迄お願いいたします。

留守勝ちなので、なるべく、FAXでお願い致します。申し訳ございません。

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めだかの学校 10月3日

私は、以前にも、お話したように、今、自分の夢を実現する修行と、子供さん達に直に触れ合う機会を設けたくて、或る個別学習塾で、アルバイトで、講師をさせて戴いている。

こんな、私でも子供達は、みんな慕ってくれて、とても仕事が楽しい。時には、子供さんに教えられることが多々在り、どちらが先生か、判らない時もある。子供達は、本当にいろいろな可能性を秘めていて、そして、輝いている。

貴方達に勇気付けられて、私は、本当にこの職場で生き生きと働かせてもらっている。本当にあがとう。この塾に来て良かった、山口先生に習って良かったと、言ってもらえる様に、これからも、顔晴るからね!時には「誰が生徒か、先生か」と云うことがあるけれど、それは、貴方達の見えない学力が、少しずつ芽を出してきたということなんだよ。

勉強と、学習の違いは、勉強は、先生に教えてもらったことを忘れないで、覚えること・・・でもね、学習は、自分で工夫して調べて、判らないことを自分の力で理解出来るようにすることだと思う。自分で調べて理解したことは、なかなか忘れないものだからね!

だから、私の国語の授業では、いつも大きな国語辞典を机に置いている。判らない言葉や漢字は、どんどん自分で、辞書を引いて、調べてね。私は、答えは教えない、×もつけない。

知らないことは、調べて知ればいいだけ。間違ったから、正しい答えを知ろうとする気持ちを持つ事の方が、大切だと思う。わたしの「めだかの学校」の授業は、すぐには、結果がでないかもしれないけれど、なが~い目で見ると、将来きっと、役に立つ学習だと信じて、時も試行錯誤しながら、学習の方法を模索している、みかんであった。

                   byみかん

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北海道はでっかいどう10月2日

何時もこのブログを御覧戴いて、ありがとうございます。また、暫く勝手致しまして、休ませて戴きましたが、今日から、また、この、青空視観の一日一言を再開させて戴きます。

私、青空みかんは、来月に嫁ぐことになる予定の、下の娘と北海道に行って参りました。自慢ではございませんが、私生まれて此の方、福島県に今年の3月に行きましたのが、旅の一番東の端で、その旅慣れぬ母子が、格安ツアーの3泊4日の北海道旅行へと、行って参りました。

さすがに、北海道はひろうござんす。第一信号が殆ど皆無と言っていいぐらい見当たらない。そして、驚いたことに、バスで移動したのですが、走っている時に、鹿や、きつねが、平気で道路を横切るのです。

皆さん、大阪では、猫が横切ることが、多々ありますが、どう考えても、鹿や狐は、通りませんよね。

広大なジャガイモ畑や、玉ねぎ畑には、収穫を終えた作物が、大切にビニールをかぶせて、出荷を待っておりました。

北海道の路は、どこまでいっても、真っ直ぐな一本道、夕焼け空の下に、広い広い田園風景が広がり、娘は、バスの車窓から、何枚も何枚も、美しい風景をカメラに収めておりました。

私は、北海道に行って、一番印象にのこったことは、人間は環境が変わるだけで、こうも心が変化すりものだなあと感心しました。広大な土地を見ているだけで、日常の諸々のどうでもいいことなんか、何処かに消えてしまい、目の前に映る、美しい光景に、ただただ、感動を覚え、この景色をしっかりと、自分の胸の奥にしまっておこう。そして、これからの、自分の紙芝居で、どうしても思い浮かばなかった自然の光景をしっかりと目に焼きつけて、演じるときに活かせたら、いいなあと想うみかんであった。

              byみかん

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