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2006年11月

今日の一言 11月29日

〔見つめる小さな瞳達〕
「小学校へ読み聴かせに行って、一番嬉しく感じる時は、紙芝居を演じたり、絵本を読んでいる時に、子供達の顔を見ると、そのきららかな瞳が、じっと止まって、お話の世界にひたっているのを実感出来る時だ。嗚呼、確かに私達の話を聴いてくれて、その小さな身体の全身全霊で、聞き入ったお話の世界が、彼ら、彼女ら達の確かな人生の肥やしになってくれている。君達には、無限の可能性を秘めているのだよ。真剣に聴いてくれてありがとう!もし、これからの人生で、辛いことや、困難にぶつかった時、今日聴いたお話を思い出してね!きっと、元気が湧いて来るよ。君達と、いつも素晴らしい時間を過ごさせてくれて、本当にありがとう!これからも、もっと本が好きになってもらえる様に、練習するね。また、会えるのを楽しみにしているからね!」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月27日

〔本末転倒〕
「今朝の新聞を読んでいたら、政府の教育再生会議という、有り難い行政の機関が発表した、「いじめ問題への緊急提言」の原案に拠ると、いじめた側の児童・生徒を学校へ登校することを停止し、また、いじめを助長した教員を懲戒処分に処するという、記事が載っていた。これでは、全く根本的ないじめの解決にはならないではないか?いじめた子を学校から、排除するとは、もっての他である。何故いじめることがいけないのか、どうしたらいじめのない、クラスになれるのかということを抜きにして、この問題の解決の糸口はあり得ない。いじめる子供は、確かに悪い。でも、だからこそ、どうしたら、いじめなくなり、みんなが仲良くなれるのかということを抜本的に考えることが、全く出来ていないから、こんな安直な方法しか、考えられないのだ。これでは、いじめている子供や、先生を権利の濫用に拠って、行政のお役人の方々が、いじめていることになるのではないか?全く以て、こんな解決策しか、思い付かないお役人の方々の人格そのものを疑う。人を罰することで、問題を解決出来たら、こんなにた易いことはない。教育の問題解決を勧善懲悪に拠って解決しようとするのは、言語道断である。選択肢の少ない、短気な、お偉い役人の方々、何故いじめが起こるのか、何故いじめが後を絶たないで、連鎖するのか、もっと根本的的な、原因を追求して、子供達の為に考えてあげて下さい。いじめられる子も、いじめる子も、いじめに翻弄されている教師も、いじめる子の親もいじめられる子の親も、みんな、苦しんでいるのです。どうか、いじめの問題から抜け出せる法策を、もっと根本的に考えて下さる様に切に宜しくお願い致します。」byみかん(*'-'*)

この提言案は、明らかに机上の考えで、私はこの記事を読んで、本当の教育現場のことを全く考えてもらえていないことが、とても悲しいです。いじめることは、確かに絶対許せることでは、ありません。でもいじめている子供さんもまた、次代の社会を担う大切な宝です。その子供さん達を罰することは、反って世の中にとって、少しもいいことでは、ありません。子供達は、罰せられることで、ますます、大人を信じられなくなると私は思います。子供さんには、愛情を持って、接することが、一番大切なのではないでしょうか?いじめる子供さんも、きっと愛に飢えているのだと思います。原因が在って、結果が在るのです。大人が変われば、社会はきっと変わります。みんなで、子供さんを見守っていきましょう!

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今日の一言 11月26日

〔幸福(しあわせ)ということ〕
人それぞれに、幸せを感じるバロメーターは、違うと思う。私が思う幸せは、チルチルとミチルが探した、青い鳥の様なもので、平凡な暮らしの中で、安らぎを覚える時、この上ない幸福を感じる。私は、今迄の人生に於いて、たいした苦労もしていないが、家族には、一方ならぬ迷惑をかけ、それでも温かく迎えてくれる家族と、こうして至福の時間を過ごせることが、本当に有り難い。自分の夢は、別の所に在るのかもしれないが、家族の平和と自己実現の両立を図るべく、今日は家族と過ごして、幸福を心底身に染みて感じることができた、みかんであった。゛偉大な幸せは平凡な生活の中に在る″」byみかん(*^_^*)

確か、ロマンローランの言葉だったと思います。間違ってたら、ごめんなさい。

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今日の一言 11月24日

〔家族の団欒〕
「今の世の中で、こんなに生きにくいのは、家族の団欒というものが、少なくなって来ているからかもしれない。我が家も、家族6人揃って、夕飯を食べる機会が少ない。そこで、日曜日の夕食は、鍋物や、お好み焼き等のメニューをする様にしている。下の娘が、仕事が休みの日は、これで、何とか家族揃って、夕飯を食べることができる。ちびまるこちゃんと、サザエさんを観ながら、みんなで、温かい夕飯を食べる時が、一番心が落ち着く。平凡な生活が出来ることが、一番の幸せだと、私は思う。週に一度でもいいから、みんなで食卓を囲む機会を作れば、もう少し家族の絆が出来、辛い思いをしている、子供さんも親御さんに、悩みを打ち明ける気持ちになるのではないかと、私は思う。話す気持ちになれる雰囲気を作るには、家族の団欒の時間を設けるのが一番だ。家族が、ばらばらに食べることが多いだろうが、出来るだけ、一家揃って、食事をする機会を持てる様にする様にしては、如何なものか?家族の絆は、共食することで、繋がるのだと、私は思う。」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月23日

〔舞台立つということ〕
「紙芝居は、いつでも、どこでも、誰にでも演じられる、最も身近な芝居である。だが、やはり舞台で口演させて戴くことは、誠に以て、光栄なことだ。お客様のお一人お一人の、表情が演じている自分の鏡の様に映し出されるように思える。お客様が、喜んで下さったら、こちらも嬉しいし、しんみりと聞き入って下さったら、こちらも、ぐっとお話の世界に入り込む。舞台に立つと、なんとも言えない、心地良い緊張感と晴れやかな気持ちになれる。役者は、舞台に立つと止められなくなるというが、本当にそうだ。こんな感動は、舞台に立つ者しか、味わえない。これからも、きっと私は、ずっと紙芝居を演じ、観客の方々に喜んで戴く為に、舞台に立たせて戴くことに、感謝をし、死ぬ迄舞台に立ち続けていきたいと想う。」byみかん(*^_^*)

本日、総合フェスタの舞台に来て、紙芝居を観て下さった方々、本当にありがとうございます!拙い口演では、ございましたが、これに懲りず、これからも、青空みかんの紙芝居を宜しく、お願い申しあげます?ヾ(*'-'*)

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今日の一言 11月22日

〔無駄なエネルギー〕
人間には、人から良く見られたいという、願望がある様だ。私も含めて、人と人との関係を良くする為に、無理をすることがよくある。だが、よく考えると、自分が思う程、人様は、案外なんとも思っていないことが、多い。だから、あまり気にしないで、思ったことを言い、やりたいことをしたらいい。人様に迷惑かけてはいけないが、自分の気持ちに正直に生きると、これ程楽なことはない。私も最近、やっと開き直りの気持ちを持てる様になって来て、無駄なエネルギーを使わずに、何とか生かせて戴いている。出来るだけ、無駄な想いは、払拭して真髄を考えながら、行動することが、大切だ。まず自分も相手も良いこと→WINWINの関係を持てる様に、考えよう!そうすれば、きっと良い人間関係を築くことが出来ると、私は思う。」byみかん(*^_^*)

~総合フェスタ2006のお知らせ~
11月23日午後1時半から、梅田に在る、大阪第2ビルの5階の、大阪市立総合生涯学習センターの、受付横の特設ステージにて、紙芝居の口演を務めさせて戴きます。今回は、いつもと趣向を変えて、上方落語の紙芝居に挑戦致します。また、拙い手品も披露致しますので、是非、足をお運び下さいませ。尚、このステージの前のプログラムで、南米音楽の第一人者、桑原しんいちさんの素敵なギターの演奏が、12時半からございます。こちらも、お聴きのがしないように願います!♪(*'-^)-☆

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今日の一言 11月21日

〔一人で悩まないで…〕
「人には、いろいろな悩みや、心配がある。そんな時、あれこれと考え、自分で答えを見つけ出そうとする。でもね、一人で考えているとしんどくなる時は、誰かに話を聴いてもらおう。相談する人が、もし身近に誰も居なかったら、今、自分が思っていることを紙に書いてみよう。すると、自分自身をわりと、客観的に見ることが出来る。それと同時に、そんな悩みを聴いてくれる、電話の機関があるから、とにかく、勇気を出して電話をして、話を聴いてもらおう。一回では、らちがあかないことでも、何回も電話をして、話を聴いてもらうだけで、意外と、気持ちが楽になって来ると、私は思う。問題の解決の糸口を、案外自分で見つけ出すことが出来ることがある。どうか、一人で悩まないで、とにかく、誰かに話を聴いてまらおう。聴いてもらうことで、貴方は、きっと問題を解決できる、トンネルをくぐり抜けれられると私は思う。どうか、一人で悩まないでね!貴方は、決して一人じゃないから…」byみかん(*^_^*)

苦しい時こそ、誰かに寄り添ってもらいたいですよね。貴方は、この世の中で、必要だから、生まれて来たのです。生まれて来てくれて、ありがとう!生きていてくれて、ありがとう!

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今日の一言 11月18日

〔刹那〕
「刹那とは、一秒の七十五分の一の時間の長さをいうそうだ。在る本に書かれていたが、「あっ」と言うことも出来ない時間だと言う。私達は、今在るこの刹那の時間の一瞬一瞬を積み重ねて生きている。この大切な時間を、いかに過ごすかで、自分の生涯の図式が出来ていく。今此処に自分自身が在るということは、時間の空間のトンネルをくぐり抜けて行っていることだと、私は思う。だからこそ、刹那の積み重ねていく生涯は、生きることの喜びを感じることの出来る時間の連続で在りたい。」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月17日

〔枠を超えるということ〕
「粋(いき)な人間が少なくなり、無粋な人間が増えて来た昨今、粋とはなんぞと、自身に問いかけたら、やはり自分に素直で、ほんねを語れる人を言うのではないかと、私は思う。建て前や格好ばかり気にしてちゃあ、何も出来ない。人様から、どう思われても一本筋の通せる人が、最近とみに少なくなりつつある。おかしいと思えば、素直におかしいと言えない人間が自分も含めて、なんと多いことか?人は、流されると、とことん行き着く所迄行ってしまうものだ。これだけは、絶対に譲れないという考えを持ち、そして、相手の気持ちも充分理解し、歩み寄ることが、人間関係を潤滑に築ける手立てであろう。今の世は、それが欠落していると、私は思う。家に例えれば、天井の梁の様なものか、はてさて、または、縁の下の土台ね様なものかもしれない。」byみかんヾ(*'-'*)

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今日の一言 11月16日

〔台詞のない演技〕
「今日は、こんなに忙しい最中なのに、どうしても観たい芝居が在って、夜の電車に乗り、神戸迄芝居を観に行った。私が観た芝居はキャラメルボックスの「少年ラヂオ」だ。私は、芝居を観る時は、いつも出来るだけ、役者さんの台詞のない時の演技を観る様にしている。何故かというと、台詞のない時の演技程、難しいものはないからだ。演技の間(ま)を埋める動きは、その芝居で言えば、台本の行間を表現するものである。紙芝居にも、間というものが在るが、この何も書かれていない間を自由自在に操ることが出来てこそ、初めて、芝居は成功したと言えるのだと、私は思う。人が観ていない所で、何十倍も苦労して、演じられる役者さん方のほんの、些細な所作も見逃してはならじと、全身全霊で芝居を観ていた、みかんであった。」byみかん(*^_^*)

芝居は総合芸術であると思います。だからこそ、やり甲斐が在るのでしょうね。

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今日の一言 11月15日

〔あんたは、あほや!〕
「みかんはん、あんたって、ほんまにアホやな!しんどいのわかってんのに、なんでもやりたがるの?ほっておけない。だまっておれない。でしゃばり。おせっかい。目立ちたがり?なんぼでも言いなはれ!どない言われても、かかわりたくなるねん。せやかて、人間が好きやから…ほんまにお人好しなんやな、あんたはんは?だまされるで、そのうちにわるいお人に、それでもかまへんの?そうなったら、そうなった時のことや!私は人間を信じているもん☆根っからの悪いお人は、ほんまに一握りだけや…ほとんどのお人は、人間を信じようとでけへんだけや!特に最近は、悪いお人がはびこってるさかい。人間同士、腹割って話しおうたら、きっと、信じ合うことが出来るんとちがうか?人間には、言葉というもんがあるさかい、せいぜい、コミュニケーションしまひょうな。皆さん!」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月14日

〔自分を許して、生きよう!〕
「今日も、いじめが原因で、北九州市の中学校の校長先生が自らの尊いお命を断たれたと、報道された。また、大阪と埼玉では、いじめが原因で、中学生が、自らの尊いお命を露の様に儚く、葬ってしまったと在る。また、文部科学省に舞い込んだ、いじめが原因で、自殺を図るという手紙が9通にも上るそうだ。全く全体、この国の教育は、一体何処へ進もうとしているのであろうか?自殺とは、生きていることが、死ぬことより辛くて哀しいから、現実から逃避する、最終的手段であると、私は考える。話は、がらりと変わるが、最近の日本人は、笑うということが少なくなったのではないか?それが、何か、この暗い世相と合い通じるものがあると、私は思う。人を怒らすことは、た易い。が、人を笑わすこと程難しいことはない。日本人よ、一日に一回は、お腹の皮がよじれる程、心の底から、笑おうではないか?もっと自分を許して、自分自身を笑いとばしても、いいではないか?これは、或る日の私のつまらない逸話だが、帰宅が遅くなって、どうも家に入る勇気がなく、そこで、私は吉本新喜劇風に、「ただいま、山口文子さんがお帰りになりました!おかえりなさい!ありがとう!」と一人で芝居をして、チャイムを鳴らして、入ろうとした。すると、鬼の様に恐ろしい顔をして、出て来た夫が、「馬鹿にしているのか!」と宣ったが、私は、ただいまと言って、すっと玄関をすり抜けた。と、まあこんな調子で、我が家もすったもんだの諍いがあるが、そんな時こそ、決して自分を責めずに、どんなにお前が悪いと言われても、最後迄自分を許して、自分を好きにり、自分を見捨てない様に出来る自分が居るから、私は、今も此処にこうして、存在していることが出来ているのであろう。」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月12日

〔不屈の志〕
「幕末の俊才、吉田松陰先生が好んで使った孟子の言葉に「自ら反みて縮くんば、千万人といえども吾ゆかん」が在る。言葉の意味は自分なりに熟慮した結果、自分が間違っていないという信念を抱いたら、断固道進すべし、という意味である。今の私に一番欠けているのは、この自分の信じた信念を、断固推し進める勇気が足りない所がある様に思う。。紙芝居の素晴らしさ、今の世相の時代にとって、絶対必要不可欠な文化であるという考えを、もっと強く周りの人々に理解してもらおうとする努力をしていかなければならないと想う。不屈の志を以て、端的に判りやすく理解してもらう為にも、もっと紙芝居の勉強と実践をしていこうと、堅く心に誓った、みかんであった。」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月11日

〔生きてりゃいいさ!〕
「クイズダービーで、はらさんに〇点というお決まり文句でお馴染みの、漫画家の、はらたいらさんが、亡くなられた。私は、はらさんが亡くなる時、腰痛で死ぬ程辛く、苦しんでいたが、命には別状はない。人間の一生は、松尾芭蕉曰く、「月日は百代の過客にして、逝きかう人もまた、旅人なり」人生とは、一つの旅であり、終着駅は始発駅となり、また人は旅出つのである。私が何を言いたいかは、人間の一生は儚さ故に、今この瞬間を生きている喜びをもっと感じ取って欲しい!平凡さの中に、きらっと煌めく輝きと、生きて来た証しを刻みつつ、また、明日からも、旅を続けることが、人の世の定めと信じ、決して自分の命をゆめゆめ疎かにしてはなるまいと、私は、今、生きる希望を失っている人々や、子供さんにお伝えしたいのだ。正直言って、私自身、何度死のうと想ったことが在ったかは、数知れない。だが、もう一日だけ、生きてみようと思い直しながら、、今此処に自分は確かに、生かせて戴いているのだ!11月11日に自殺をすると、宣告した貴方が、もし、このブログを見ることが、万に一つの確率でも在ると想定して言わせてもらう。貴方が生まれて来てくれて、ありがとう!今は、苦しいかもしれないけれど、貴方は、この世の中で、必要だから、生まれて来たのです。どうぞ、今の自分の苦しみを糧として、弱い人々の気持ちが判る貴方だから、文部大臣に手紙を書いた、勇気の在る貴方だからこそ、出来ることが、きっと在るはずです。どうか、生きて下さい。生き抜いて下さい。志し半ばで、この世を去った人々の分迄、今は辛いでしょうが、きっと、生きていて良かったと思う日が、やって来ます。その日が来るのを信じて、どうか、せっかく生まれて来たのだから、自分の役割を見つけ、生きる喜びを見つける時が来るのを信じて生きていて下さい。」byみかん(*^_^*)☆彡☆彡☆彡☆彡

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今日の一言 11月9日

〔幸せの王子〕
「幼い頃読んだ童話で、「幸せの王子」という話があった。美しい宝石や、金で作られた立派な像の王子が、ツバメに託して、自分の身についている全ての物を、貧しい人々に分け与える。そして、最後には、王子もツバメも死んでしまうという、物語である。現代のこの物質に満ち溢れた世の中では、想像もつかない、寓話であるが、富んでいる人々にとっては、この王子とツバメは、全く縁のない者だが、貧しい人々にとっては、救いの主で在る。世の中の矛盾を見事に客観的に描いた、素晴らしい作品である。ただ一点、私が疑問に思うことがある。王子とツバメは、自分を犠牲にして、人々を救うしか、道はなかったのかということだ。美しい話ではあるが、王子もツバメも生かし、貧しい人々も幸福になってもいいのではないかと、大人になってから、読んで感じる様になった、相手も幸せになり、自分も幸せになる生きる方も在るのではないかと想うのであった。」byみかん(*^_^*)

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今日の一言 11月7日

〔出逢いは奇跡の連ながり〕
「昔から、゛袖擦り逢うも多少の縁″と申しますが、この地球に何十億人、また、日本全国で、一億数千万人の人々がおられる中で、出会いが在って、話をすることは、奇跡にも近いことである。だから、よくよく、ご縁を戴いた方々を大切にして、伊達疎かにしては在るまじきと、いつも、自分自身に言い聞かせている、みかんであった。人のご縁と感謝の気持ちを大切にしつつ、自分の夢に向かって、堂々と歩むことを決意したのである。人生は一度きりしかないのだから、後悔をしない生き方をしよう!それが、歴史の中の市井の人間の在り方だと考える。或る方が、おっしゃってくださった言葉で、有名無実な人間よりも、無名有実な人間に、私はなりたい。」byみかん(*^_^*)

青空みかんの今後の予定
11月11日(土)午前10時~12時難波市民学習センター(OCAT4階)紙芝居入門教室  今回は、実際に紙芝居を実演してもらって、学びます。申し込みは電話で(無料)当日の飛び入り参加もOKです!
11月23日(祝)    大阪生涯学習フェスティバル梅田大阪第2ビル5階(午後1時半~2時半)受付横の特設ステージにて、紙芝居、手品、腹話術のコラボで楽しんで戴きます。今年も、この前の時間帯に、YUI企画の、山田さんのステージが、あります!乞う、ご期待♪
11月19日(土)午後2時~4時迄、平野区のNPO安寿さんのハニーカフェにて、紙芝居教室を開催。詳細は、YUI企画さん迄お問い合わせ下さい。      
11月25日(土)午後5時~?本町辺りで、詳細は、みかんもまだ知らない、謎の場所で、「キックオフ」という講座で、アンダーサーティーの方々に、紙芝居を演じさせて戴きながら、みかんの人生四方山噺を語る企画が、ごさいます。こちらも、YUI企画さん迄。

今日は、愛知の豊田市で、紙芝居の講座を受講して参りました。狭いお部屋では、ありましたが、凡そ、40名位の方々が参加され、超満員状態の中で、童心社の出版の責任者の講師しの方が、作家としてではなく、編集者の立場で、また、違った切り口で、しかも、紙芝居を客観的に分析をして、具体的にかみ砕いて、私でも、解る様な、平易な言葉で、説明して戴きました。また、目から一枚鱗が落ちた気がしたす。遠い道のりをしんどかったけど、実の在るお話を聞かせて戴くことが出来て、大変有り難かったです(^-^)

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今日の一言 11月5日

〔人生の伴侶〕
「夫婦とは、不思議なもの、他人同士だが、家族であり、血が繋がっていないけど、戸籍が一緒だ。なんてややこしい関係なんだと思うけど、やっぱり、一番大切な関係者同士…時には、喧嘩もするし、口論にもなる。だけど、どちらかが居ないと、とてつもなく、寂しく、ぽっかりと心に穴が空いたような気持ちになる。二人揃って、一人前の割れれ鍋に閉じ蓋の関係だけど、それだから、末永く連れ添えるのかも。下に、あまたの夫婦、在るけれど、皆それぞれの形の関係を築き、円満になるべく努め、家庭を造りながら、暮らしているのであろう。」byみかん(*^_^*)♪

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今日の一言 11月3日

〔漢字文化の復興〕
「昨日の新聞に漢字研究家の第一人者であられる、白川静氏の訃報の記事が載っていた。小学校を卒業してから、働きながら苦学されて、漢字の研究のオーソリティーになられた、気骨の在るお方であったと書かれていた。昨今、漢字というか、美しい日本語が崩壊しつつある時に、本当に惜しい方が亡くなられた。漢字と平仮名の入り交じった言葉が、日本語の特色である。(勿論、カタカナや英語も在るが…)漢字は、その字自体で形や意味を表す、素晴らしい文字である。今の若い人達の国語力の欠如は、この漢字の読む力と書く力の無さに尽きるのではないかと、私は思う。自分自身も含めて、今一度、この漢字研究の第一人者の死をきっかけに、もう一度、美しい日本語を、出来るだけ多く、次代を継ぐ若い方々にお伝えしていくことが、私達の役割であるのではないかと想う。゛漢字文化を復興させ、東洋を回復させたい。″という白川博士の志を私も受け継いでいきたいと、改めて心に、誓うのであった。」byみかんヾ(*'-'*)

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今日の一言 11月1日

〔現代人間社会の構造〕
「毎日、新聞やテレビを見る度に、いじめや、自殺という言葉や文字が、飛び交う。私は、それらを見る度に、「嗚呼また、尊い命が、消えた…」どうして、こんなことになったのだろうか?自殺をした子供さん達は、自らの命と引き換えに、いじめからの開放を図ったのか。さぞかし、辛い選択であったであろう。誰にも言えなかったのか?言ったら、余計いじめられるという、行き詰りに、もがき苦しんでいたのであろう。いじめの問題は、大変根が深いと思う。わが子も、或る日突然、いじめられているから、明日から学校へ行きたくないと言われた時、私は、天地がひっくり返る程動揺した。でも、よくぞ言ってくれたと、私は気持ちを切り替え、早速、担任の先生に相談して、何とかいじめから、開放されて、学校に行くことが出来る様になった。私の場合は、たまたま運が良かったのかも知れない。だが今は、まさに教育の在り方自体が問われているのではないだろうか?一人の先生や校長の言動の云々の次元の域を超えて、考えなければならない。受験だけを目的にするから、高校の履修科目を切り捨てるのだ。成績だけで、子供を評価するから、子供はストレスの捌け口をいじめという、手段で発散させようとするのだ。大人に夢や希望や、礼儀や人を思い遣る心のない人が多いから、子供を虐待したり、犯罪を犯すのだ。全ては、家庭と学校と地域の繋がりを切断された、人間同士の横の繋がりが希薄になった、現代社会の構造に在るのではないかと、私は思う。人は人と人との繋がりや触れ合いに依って、初めて人間らしい人間となり、相手の気持ちに寄り添う人と出会えた時、孤立から解き放たれ、自分を客観視出来るのだと思う。人間は独りでは生きていけない動物なのだから…」byみかん(*^_^*)

私が現代の世相に物議を醸し出すのは、大変おこがましいことですが、言わずにはおれない気持ちを言葉に致しました。今の私に出来ることは、少しでも人々に夢や希望を持って戴ける様に、紙芝居を観て戴き、自分は決して、独りではないんだということを感じて戴けたらと、想います。ありがとうございます!

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